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台語歌オフ会のお知らせ

 投稿者:A Beng  投稿日:2017年 2月18日(土)08時33分29秒
   皆さん、こんにちは。寒さも、大分和らいできたこの頃です。
さて、昨日台湾の友人からカラオケのお誘いがありました。
私の自由時間も、多少取れるようになったので参加方します。
台語歌の好きな皆さんも、ご一緒にどうでしょうか?
今日開催で、急なお知らせですが。 @@

  記
日時:2017年2月18日(土) 午後2時30分から3時間見当
場所:紫光閣 中華歌城 中国語カラオケ
http://www.ziguangge.jp/

紫光閣KTV 中国語(台湾語)専門
住所:東京都豊島区西池袋1-38-3 ビートス池袋6F&7F
営業時間:11:00~05:00
予約電話:03-3985-5888(6F) 受付
     03-3985-5889(7F)


ご参加いただける方は当日2時30分前に会場6F受付前にお集まりください。
どうぞよろしくお願いいたします。
 
 

【正月の準備】二つの文化・その2

 投稿者:A Beng  投稿日:2017年 1月29日(日)22時40分30秒
  【正月の準備】二つの文化・その2
                   王 明理 台湾独立建国聯盟日本本部委員長

二、土豆仁湯

 さて、お腹もいっぱいになって、紅白歌合戦が始まる頃、またまた一仕事、台湾のお汁粉作りが始まる。土豆仁湯(トウタウリントゥン)と呼ばれるそのお汁粉は、小豆ではなく落花生を使う。生の落花生は食材として一般的ではないので、それを手に入れるのがなかなかやっかいである。たいていは、最寄り駅の東長崎駅の商店街の豆菓子屋に頼んで、殻から外して炒る前の生の落花生を分けてもらってくる。他の食材を買うときと同様、こういうことに関しては、父は非常に協力的で、嬉々として率先して行動したものだ。

 土豆仁湯の作り方だが、まずは落花生の皮を剥くことから始まる。ところが、生の場合、皮は実とぴったりくっついていて、こすっても剥けない。そこで、二時間ほど、お湯につけて、ふやかしておく。
父は夕方ごろから、大きなボールに落花生とお湯を入れて、この準備を始める。母はこの土豆仁湯作りにはノータッチだ。
「なにもこんな忙しい時に、よりにもよって、土豆仁湯なんて食べなくたっていいのに」と一言文句を言う。
「台湾の風習だ」と父が言い返すと、
「あら、正月に土豆仁湯を食べるのは、あなたの家独自の習慣でしょ。私の実家では、正月じゃなくて、もっと暇なときに作ったわよ」
なにくれと年の瀬の忙しさの中、母は一触即発といった感じでテンションが上がっている。それでも、土豆仁湯をあきらめられない父は、母の手を借りず、娘たちに手伝わせるのだ。

夕方から、二、三時間、ボールの中で湯に浸かった落花生は、紅白歌合戦が始まるころには、ふやけて皮がぷよぷよとしてくる。それを三等分にしてボールにいれ、それぞれの前に置く。父と姉と私は落花生の中に両手をつっこんで、揉むように、皮を擦っていく。三人揃って、顔はテレビのほうに向け、「こんな歌は聞いたことがない」だの、「この組は白の勝ちだ」だのと言いつつ、両手はボールの中に入れて、ぐにょぐにょと動かし続ける。やがて、大方の皮が遊離したところで、一粒ずつ、指先でこするように皮を剥いてゆく。右手の中指と人さし指と親指で豆を擦る。皮のとりきれない豆はもう一度お湯の中に戻す。

全部で一キログラム。このころまでに、指先は長時間フロに浸かっていたときのように、しわしわになっている。それに、生の落花生がふやけていくときの、青臭い匂いで鼻腔から頭の芯までがズキズキし始めている。早く終わりたい一心で、私は猛烈な速さで指を動かす。皮を剥かれた落花生の実は、真っ白だ。おつまみ用の炒った落花生からは想像もできないほど初々しく美しい。

ようやく、全ての豆から皮が剥かれると、今度はその落花生を二つに割る作業に入る。二つに割らないと火のとおりが悪いからだ。二つは互いにしっかりと抱きあうように繋がっていて、容易には離れようとしない。指先に力をこめて割る。これで下準備はオーケー。その間、母は時折テレビを覘くくらいで、大方は台所で雑煮の準備や料理の下ごしらえの続きをしている。

いよいよ、真っ白な落花生が煮られるときだ。ここからは、小豆のお汁粉を作るときと同じ要領だ。豆を大鍋に炒れ、たっぷりの水で煮る。二時間から三時間。豆が柔らかくなったのを確認して、砂糖を入れる。
「戦争中は砂糖がなくてサッカリンを入れたものだ」
 と、父が言うが、これも毎年のこと。

 でき上がりに隠し味に少々の塩を加える。紅白歌合戦が終わって、除夜の鐘を聞きながら早速食べることになる。

 お椀に入った土豆仁湯は透明に近い汁に落花生から出た油が浮いている。煮崩れることもなく形を残しながらも、落花生は柔らかくふやけていて、口に入れると、とろりととろけるようだ。小豆のお汁粉よりもさっぱりとして、それでいて、甘さに深みがあり、どことなく香ばしい。

 その美味しさと満足感で、豆を剥いていたときの苦労も忘れてしまう。母も一緒にふうふう言いながら啜る。
「ほらみろ、うまいだろ」
 父は得意満面である。

 こうして、大晦日は終り、新年は日本式のお雑煮とお節料理で始まる。元旦には飛び入り以外の来客はない。家族で百人一首や花札をして遊ぶ。そして、二日からは、来客の嵐、多いときには下のリビングに入りきらず、二階にも座卓を出して、一卓設ける。姉と私はお運びさん兼皿洗い。ほとんどの来客が男子学生や卒業生なので、立ち働いていたほうが、話をしたり相手をしたりする気恥ずかしさから逃れられる利点がある。

 たくさんの来客を迎えて母の料理でもてなしている時の父は、本当に満足そうで、客が料理を誉めると、自分でも「東京中の店で、うちより旨いところはないよ」と相槌をうつ。母も台所から出たり入ったりしながら、嬉しそうに話に加わっている。

 こんなふうに、私の子供時代の正月は毎年、充実して幸せなうちに過ぎていった。




 

【正月の準備】二つの文化・その1

 投稿者:A Beng  投稿日:2017年 1月28日(土)15時45分40秒
  【正月の準備】二つの文化・その1
                   王 明理 台湾独立建国聯盟日本本部委員長

一、正月料理

 私が子供の頃、私の家の正月を迎える準備は本当に大変だった。冬休みに入る頃から、少しずつ年の瀬を迎える気分がただよい始め、年末に向けて、大掃除や正月料理の準備をこなしていくのが、家族行事のようになっていた。父も率先して掃除をし、母に言われた料理の材料を揃えるために横浜の中華街や御徒町に買い出しに出たりしたものだ。
暮れも押し迫ってくると、正月料理の準備が始まるが、母の監督の下、私と姉もずっと手伝いをしたのを憶えている。

 なぜそんなに忙しいのかと言えば、それは両親が日本と台湾の二つの文化を両方とも大事にしようとしたからだ。

 私の両親が育ったのは台湾の古都、台南。両親が生まれたのは大正末期で、その時代、台湾はもう30年位、日本の植民地であったから、生活もかなり日本の影響を受けていた。台湾人は清朝時代の文化の名残りと日本文化をうまく生活の中に融合させていたようだ。

 戦後、日本で暮らし始めた両親は、特に意識せずに、台湾から持ってきた習慣と日本式の生活をミックスさせて暮らしていた。そのなかで育った私は、子供の頃、どこが台湾式でどこが日本式なのかはっきり分からないこともあった。
しかし、食事だけは日本料理、台湾料理とそれぞれの個性が明確だった。文化のなかで食文化は一番最後までそのオリジナリティーを維持していくものだと言われているが、私はまさにそれを感じて育った。

 私が小学校に上がる頃から、正月には父が大学で教えているゼミの学生さんたちが年始に来るようになった。その学生たちは卒業したあとも近況報告をしに、また結婚すればお嫁さんや赤ちゃんの顔を見せに来る。年々来客の数は増え続け、正月の二日から五日くらいまで、たいそう賑やかに過ぎたものだ。

 「先生の家に来るまで、中華料理といえば、ラーメンと餃子しか食べたことがありません」という学生たちに本格的な台湾料理を食べさせるのが父の楽しみであった。日本では三が日は主婦の骨休めのために、暮のうちにお節料理をお重箱に詰めておくが、台湾では正月は普段以上のご馳走を食べるのである。母にとって、お正月は一年のうちで一番忙しい時であった。料理はフルコースの台湾料理であった。

 一、オードブル(クラゲの酢の物、ピータン、自家製のソーセージ、キュウリの酢の物) 二、蒸し鶏 三、ホーコー鍋(火鍋)―海老、肉団子、鶏肉、イカ、白菜、春雨、椎茸、茹で豚など 四、紅焼魚(鯛の唐揚げにあんかけしたもの) 五、肉団子 六、あわびのスープ 七、ビーフン。
メニューは年毎に少しずつ変わるが、とにかくフルコース。「先生の奥さんのビーフンを食べないと正月が来た気がしないんですよ」と言われ、母も嬉しそうであった。

 しかし、その準備たるや生半可なものではない。まずはスープを取ることから始まる。母が、業務用の大きな深鍋に鳥のガラをいれ、煮込みはじめる頃から、姉と私は台所の奴隷になる。

 まずは乾物類を水で戻す。戻した干し椎茸、干し貝柱、干し海老、そして、基本的な野菜、しょうが、にんにく、長ネギ、人参などを切ることから始まる。台所が狭いので、私たちはリビングのテーブルの上にまな板をのせて切る。一番下っ端の私は、切る以前の作業だ。にんにく潰し、人参の皮むき、サヤエンドウの筋取り。私より六歳年長の姉は、包丁を持って私より難易度の高い仕事に挑戦する。時折、せん切りが太いだの、みじん切りが粗いだのと、台所から母の声が飛ぶ。

 そのような、母に言わせれば“誰にでもできる仕事”は私たちにまかせて、母は鶏一羽を蒸したり、干し鮑を戻したり、海老やイカに飾り包丁を入れたり、熟練の技を生かした作業に精を出すのだ。

 さらに私たちを忙しくさせるのは、同時に行う日本式のお節料理の準備だ。父も母も、日本に住んでいるのだから、日本式のお正月もしなければならないと考えていた。たぶん、娘たちのために、常識的な日本の生活も教えなければいけないと思ったのだろう。

 ごちゃごちゃと中華料理の材料が混みあっている台所で、お節料理の準備も始まる。お煮しめ、黒豆、田作り……。母の頭に浮かんだ台湾料理と日本料理の断片、断片を、姉と私はひたすら、皮むき、せん切り、みじん切り。タケノコ一つとっても、お雑煮に入るもの、スープに入るもの、炒め物に入るもので切り方が違う。自分のしている作業が何の料理の何になるのか分からないまま、とにかく母の監督の下、ひたすら作業し続けたものだ。豚肉を切る、もちを切る、人参を花形に切る、かまぼこを切る。鶏ガラスープの隣で、こんぶと鰹節でダシを取る。栗きんとんを作る、肉団子を作る、サトイモやこんにゃくを煮しめる、中華クラゲの酢の物を作る、酢を使ったついでに大根のなますを作る……。下準備ができたものは、台所の隣の風呂場の蓋の上に並べられていく。北向きの風呂場は調度よい冷蔵庫の役目をしていた。あの頃は暖房と言えば、ブルーフレームの石油ストーブ一つきりで、足元がスースーしていたのを思い出す。でも、火を使っている母はかっかと熱く、新年が迫ってくる焦りから、たいてい二、三度ヒステリーを起す。姉や私もいいかげん下働きに嫌気がさしてき・u桙ト口げんかを始める。女三人が諍いを始めると、父が二階から仲裁に降りてくる。父は大きな声を出すわけではないのに、私たちは父の足音が二階から近づいてくると、もうそれだけで口をつぐみ、イライラして人にあたった自分を恥ずかしく思ったものだ。

 だいたいの準備が済んで、大晦日の晩になると、お節料理を重箱に詰める仕事が私に与えられる。これが私の一番好きな仕事だった。様々なものが出来上がって、冷蔵庫や戸棚や風呂場や台所のあちこちに置いてある。この状態を台湾語では「ブーサーサー」という。そのブーサーサーの中から、重箱に詰めるお煮しめや昆布巻、かまぼこなどを取り出して、すっきりと塗り物の箱に詰めていくのは一種の快感だった。

 ここまでくれば準備も万端と言いたいところだが、わが家の大晦日はまだまだ一山あるのだ。まず、大晦日の忙しい中、父は台湾の風習に従い、夕食にご馳走を食べたがる。簡単に年越し蕎麦で済ませようという母と、父との間で毎年ひと悶着ある。一度だけ、蕎麦で済ませたことがあったが、父は終始不機嫌で、それが家族にも伝染し、いくら私が冗談を言っても、しらけた気分は直らなかった。母までもが物足りなさそうで、翌年からは再び、大晦日にご馳走を食べることになった。それでも、決まって、大晦日の夕方頃、「本当はお蕎麦で済ませられるものを」と母は言い出し、父と一戦を交えるのだ。あれも一つの儀式みたいなものだったろうか。
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:ふき  投稿日:2017年 1月 1日(日)20時32分16秒
  みなさん、昨年はたいへんお世話になりました。
A Bengさんはかなりお忙しそうですね。
お仕事のほかにも、いろいろ抱え込んでいらっしゃるご様子。
なんとなく私にも伝わってきますが、誰にでもそういう時期はあります。
どうか頑張って、乗り切っていただきたいと思います。
どうか今年もよろしくお願いたします。
 

新年快樂!

 投稿者:A Beng  投稿日:2017年 1月 1日(日)14時27分15秒
  明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 

この一年お世話になりました。

 投稿者:teco  投稿日:2016年12月31日(土)14時47分20秒
  A Bengさん、みなさん、こんにちは。

この一年お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
来年がみなさまにとってお良い年でありますようお祈りします。
 

Re:年末年始オフ会

 投稿者:A Beng  投稿日:2016年12月23日(金)11時44分32秒
  tecoさん、みなさん、こんにちは。

いよいよ今年も、あと僅かです。時が経つのは早いですね。
さて、tecoさんから御提案の年末年始オフ会ですが、
私は家庭の事情で、なかなか時間が取れないのが実情です。
来年になると、私の時間が多少取れそうです。
日曜日の、午後1時から3時間位なら大丈夫です。
宜しく、お願いします。
 

年末年始オフ会

 投稿者:teco  投稿日:2016年11月20日(日)12時35分23秒
  A Bengさん、みなさん、こんにちは。

ご無沙汰しておりますが、みんさんお元気でご活躍のことと思います。
さて、そろそろ忘年会のシーズンでもあり、年末のオフ会を計画したいと思っております。
皆さんのご都合の良い日をあらかじめ教えていただければセットしたいと思います。
ふきさんは明日(11月21日)からインドにお出かけになり12月23日に帰国のご予定だそうです。
私は12月1日~6日まで中国(広州)出張が決まっており、9日~11日あるいは16日~18日のどちら
かで台湾(台北)を予定しておりますが、
こちらのほうは仕事ではありませんので、いくらでも変更できます。
クリスマスと忘年会を兼ねて24日以降に開催すればふきさんも出席できると思っておりますが、
あまり押し詰まってからでは年末年始の準備で忙しくなることも予想されます。
忘年会が無理なら新年会という手もありますので、よろしくお願いいたします。

http://www.pasela.co.jp/shop/ikebukuro/

 

2016 1106日本「榕社」第16回台湾文化研究発表会

 投稿者:A Beng  投稿日:2016年10月19日(水)15時38分18秒
  2016 1106日本「榕社」第16回台湾文化研究発表会

台湾文化に興味を持つ方(台湾人、日本人、外国人可)のご来場を歓迎いたします。
主 催:日本「榕社」共 催:拓殖大学台湾文化研究会

日  時:2016年11月6日(日) 午前10:00-午後4:00(10:00受付、10:30開会)
会  場:拓殖大学国際教育会館 F301 講堂
文京校区正門(に入らず)右方徒歩2分  東京都文京区小日向3-4-14
地下鉄丸の内線 茗荷谷駅 より徒歩5分 (標識あり)
地図:http://www.takushoku-u.ac.jp/summar??

参加無料 但し申し込みをお願いいたします
申 込 先:小島武彦(Tel&Fax:0287-72-6175)E-mail: tougen@nasuinfo.or.jp
吉永超然 (Fax:0277-96-2600)

発表者:
午前の部(10:30―12:00)
1.台湾1950、60年代の西洋流行歌曲(歌手あるいは映画の貴重な動画)  日本「榕社」DVD
2.入れ替わるできる/できない鬼神仙仏:台湾語の諺研究    李 嘉琪    Ho-Lo語、日本語

午後の部(13:00―16:00)
3.台湾文化基層分析    黄 文雄     日本語
4.シンクロする台湾と香港の民主化―新しい人類の誕生―拓殖大学海外事情研究所   澁谷 司  日本語
5.今後台湾文化の方向について    自由討論   1人3~5分(当日の状況で決めます)
  未発言の方が優先。時間があれば、再発言が可能。
6. まとめ澁谷 司

---申込票-----------------------------------------------------------------
第16回台湾文化研究発表会に
ご出席氏名:            人数:
連絡先:Tel   Fax        E-mail:
懇親会を予定しています(会費2000円)、当日申し込み。 
 

台湾関連テレビ番組情報

 投稿者:A Beng  投稿日:2016年 9月16日(金)15時58分15秒
編集済
  2016/09/17(土)14:00~15:55 【BSフジ】
<大人気!森繁社長シリーズ>映画『社長学ABC』
大日系全社の躍進を願う大日物産の郷司敬之助社長の取り計らいで、親会社大社長の
椅子を与えられることになった大日食品社長の網野参太郎は、さっそく重役会を招集
し、専務の丹波久を社長に、総務部長の石橋鉄吉を専務に、営業課長の猿渡平一を部
長に昇格させるという、刷新人事を発表した。  しかし、その後大変なことが持ち
上がってきた。大日物産の株主総会の席上で親会社の大社長はもう一期、郷司社長が
そのまま継続し、網野参太郎は食品会社の会長として丹波新社長を援助するべきであ
るとの決議がなされたのだ。  会長という名目でも、実際には一つの社長室に二人
の社長がいるのと同じ状況。重要案件も二分されて、社内は大混乱。  その矢先、
食品関係の視察を兼ねた台湾旅行案が持ち上がる。 (1970年・東宝)

2016/09/17(土)16:44~17:00 【NHKBSプレミアム】
岩合光昭の世界ネコ歩きmini「なでなで」「モデルネコはオスがオススメ」
ネコをなでるとうれしそうにする姿、世界各国で同じです。「猫識」は「モデルネコ
はオスがオススメ」。岩合さんが台湾で「謝謝」と名づけたネコ登場!語り・蓮井梨


2016/09/19(月)6:00~7:00 【BS12トゥエルビ】
渥美清主演 泣いてたまるか「先生台北へ飛ぶ」
石田倉吉(渥美清)のうけもつクラスには資産家の一人娘田村直子(梓英子)がいた。直
子は幼いころに父を亡くし、母も相次いで亡くなっていたので祖母のたか(原泉)に世
話をしてもらっていた。ところが、ひょんなことから母は、実は生きていて台湾で暮
らしていることを知ったのだった。直子の祖母は、母親探しに出るという直子を心配
して石田に台湾への付き添いを頼むことにした。

2016/09/22(木)4:22~6:25 【BSジャパン】
シネマスペシャル【早起きシネマ】『台北に舞う雪』

2016/09/22(木)21:30~21:45 【NHKBS1】
コウケンテツが行く台湾「客家の家庭を訪ねて」








 

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