teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. ぽろりっ(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


荒井金蔵の家の者です

 投稿者:荒井金造の孫にあたります。メール  投稿日:2010年 7月 2日(金)13時32分38秒
  わが心のアルバム読ませていただきました。文中の荒井金造は私の祖父に当たるもので孫となる私は可愛がっていただいた記憶があります。家にはいまだ漢詩や拓本その他中国の歴史的な書物が大量に有り、目に触れる時思い出しています。この世にいなくなりましてからすでに40年程になりすでに地元山梨でも知る人も少なくなったと思います。このたび祖父が書かれていることを知り又私の存じ得ない一面も知る事ができました事、御礼申し上げます。有難うございました。  
 

興安丸について

 投稿者:独活章  投稿日:2010年 7月 2日(金)12時18分20秒
   初めてお便りを差し上げます。
 私は著述を生業としております独活章(ペンネーム)と申します。
3年ほど前、シベリア抑留者最後の帰還船を追って、ナホトカの氷の海に飛び込んだシベリアの犬を題材にした
『クロ物語=氷海に飛び込んだ犬』を書かせていただきました。
 出版当時、各テレビ、ラジオ、新聞等で紹介されましたので、ご記憶いただいていれば有り難いのですが……。
 このたび、引揚船「興安丸」の船長だった玉有勇氏のご子息からの依頼を受け、
大陸や半島からの引揚を舞台に、当時の日本人の誠心を描きたいと思っております。
 ご迷惑でなければ、ぜひ、当時のお話を伺いたいと存じます。
 下記に私の所在等を紹介させていただきます。ご連絡をいただければ幸甚に存じます。

190-0205 東京都西多摩郡檜原村4242-1
電話 042-598-0525
携帯 080-6784-3031
                      独活章 拝
 

やっと見つけました

 投稿者:匿名希望  投稿日:2010年 3月24日(水)01時20分30秒
  出版見送り残念でした。戦争を知らない世代ですが興味深く思っていました。
そう感じている人は多いのではないでしょうか。
異例の速さでポイントされていたので、きっと出版されるものと確信していました。
でも投稿されていた内容を思い出し、やっとここにたどりつきました。
続きを拝読したいと思います。
お体をお大事に今後もお励みください。
 

加油加油

 投稿者:池田武久  投稿日:2010年 2月19日(金)18時44分14秒
  お元気でご活躍慶賀に存じます。
是非出版実現を祈念します。
時々ご連絡ください。
 

「私達の住まい」への登録について

 投稿者:天道芳彦メール  投稿日:2009年 2月26日(木)14時55分22秒
   私は、桜木小12期の天道芳彦といいます。中村さんとは、東京総会のときにお目に
かかったと思いますが、お変わりございませんか。
 最近、私どもの新京での正確な住所がわかりましたので、「私達の住まい」へ記入を
お願いしたいと思います。14期の私の弟と一緒にお願いします。
  住所  清和胡同120号 12期 天道芳彦、14期天道襄治
です。120号は2軒に分かれていて、私の家は、狭い路地に面した方でした。
よろしくお願いいたします。
 

読み終えて

 投稿者:匿名希望  投稿日:2008年 8月12日(火)00時38分31秒
  今から約12時間前に読み始め先程読み終えたばかりである。
そもそもこのホームページを読むきっかけとなったことから書かせてもらおうと思う。
僕は14年前、若くして痛風と言う生活習慣病になってしまった。
それから痛風とは長く付き合ってきている。
今年も盆に帰郷してきて実家でのんびり過ごしている。
何気なくパソコンを叩いていると父親が僕にこう言った。
「痛風は大丈夫か?」
あまり痛風のことは言われたくないのだが適当に相槌を打って事を済ませた。
するとこう付け足した。
「俺の兄貴も痛風なんだけど痛いらしいな」
僕は少し興味を持った。
自分の親戚に僕と同じ痛風の痛みを知っている人がいるんだ。
どんな人だろう、知りたい!
こうして僕は以前から父親から聞いていた著者のホームページを開いた。
これがきっかけだった。
そういえば著者が昔こんなことを話していた。
パソコンを買うなら絶対アプティバにしろ、アプティバなら間違いない。
その数年後、アプティバが倒産の危機を迎えたと言う話しをニュースで見たとき僕は著者を思い出しながら笑ったことを覚えている。
さて、ではこの方の面白いエピソードを添えてしめるとしよう。
詳しい年齢は聞いてないが昔著者の車の運転の練習に僕の父親がついていったときの話である。
著者はまだ免許を取っておらず広場で練習をしていた。
「お巡りがきたら目を合わすなよ」
父親が著者に念を押した。
暫く練習しているとなんと!前からお巡りさんが来た。
著者は慌てたらしく緊張してついついお巡りさんと目が合ってしまう。
案の定お巡りさんはこちらに向かって来た。
「お、おいどうすんだよ」
「しらねぇよ、だから目を合わすなって言ったじゃんかよ」
「免許証を見せて」
お巡りさんの言葉に著者は上着のポケットからズボンのポケットまでを触りながら
「え~っと、え~っと、あれ、おかしいなぁ、あれ、どこだっけなぁ………すいません、ありません」
僕はこのエピソードが大好きだ。
そんなイメージを抱きながら満州の話を読み終えてみて「やっぱりな」と思った。
こうゆう辛く苦しい時代を生き抜きながらもどこか愉快な中村家。
僕は本当に感動しました。

五男 芳直の息子

正仁より
 

Virtual Shinkyo 空間

 投稿者:閑古鳥幻聴メール  投稿日:2007年 6月29日(金)19時25分23秒
  頻繁に投稿して、恐縮です。
NakamuraMap の Virtual Shinkyo 空間幻影に触発され、
お送り戴いた写真を流用、新京への郷愁を表現してみました。
郷愁を惹き起こす共通の keyword があるようです。
『新京桜木小学校』・『安達街』・『興安橋』・『ゴルフ場』・・・・・
               おッちョコチョイの閑古鳥幻聴 九拝

http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/

 

素晴らしいご一家です ・・・・・

 投稿者:閑古鳥幻聴メール  投稿日:2007年 6月27日(水)21時17分5秒
  あらためて、読ませて戴きました。
[感想]
感動の逆白涛が、海鳴りとともに、次から次へと押し寄せてくるような・・・・・
世紀の一大ドラマといえましょう。
あの大戦争の中では、他にも、同じような体験をされた人々がなん百万人といたでしょう。
世界全体では、なん千万人といたと想います。
しかし、それは決して、中村ご一家の体験が全体の「なん千万分の1」ということを
意味するものではありません。
逆に、その体験は、なん千万人が共有・共感する体験でもありうると考えます。
稚ない兄弟が、長い旅を続ける所などは、それだけで、
TVドラマ的感動場面であり、多くの人の共感を呼ぶことと感じます。
ご一家が、ばらバラに、満洲を離脱され、最後に合流される運びも、
「大団円」という語がふさわしいといえましょう。
[お勧め]
すでに、お読みかも知れませんが、
『ベストセラー小説の書き方』(講談社 How To Write Books、ディーン・R・クーンツ著)
をお勧めします。
この本の「閑古鳥幻聴的解釈」は、
『時・空系列記述を排し、論理系列的記述に徹するコト』と思われます。
出来事は、もっとも感動的な場面を頂点に持ってきて、時間・空間内を自由自在に移動、
「起承転結」構造をフラクタル的に多重化、記述していくことと考えられます。従って、
回顧・夢想・体験の再解釈・渇望・・・などなどの絢爛たる場面で繋ぐこととなります。
この本において、クーンツさんは・・・・・
Hegel 的には、『矛盾』・・・
世俗的には「赤ちゃんが、高速道路に這い這いして迷う」ような・・・
殿中松の廊下の浅野・吉良・怨念の対決のような『はらハラ場面』・・・
次ぎはどうなるんだ的「起承転結の強力な『起』」から、始めよと
説いているように理解されます。
つい、「小さな親切・大きなお世話的 mail」となってしまい、慙愧に耐えませんが、
これも、NakamuraSite から受けた大きな感動の余波とご理解戴き、
快く、お許し賜りますようお願い申し上げます。
                              閑古鳥幻聴

http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/

 

讃辞・回想・訂正

 投稿者:閑古鳥幻聴メール  投稿日:2007年 6月24日(日)21時34分38秒
  中村芳光様

文中、「興亜街」とあるのは、「安達街」の誤りでした。
ここに、深くお詫びし、訂正致します。
       そそッかしイ 閑古鳥幻聴 九拝

http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/

 

讃辞・回想(後半)

 投稿者:閑古鳥幻聴メール  投稿日:2007年 6月24日(日)21時23分18秒
  中村芳光様

[フラッシュバックの数例・続き]
[三中井]
その外、満鉄の消費組合が、興安大路南側にありました。
満鉄の人のツテで、養母に連れられてよく行きました。
専門店では、ロシャ飴・・・クドい味だったけど・・・を扱う「アルメニア」
店員は金髪のお姉さんたちでした。興安大路の北側です。
[児玉公園]
白菊小学校2年生の時(1935)、野外写生大会で特賞を get しました。
ただ1つ金ピカの札が付けられ、講堂の後ろ、中央に高々と掲げられた時には、
自分の作品とは思われないデキでした。池と緑の照り映えが良かったのでしょう。
養母が教師体験者だったので、前日、陰影画法の「特訓」をやってくれたのです。
[新京神社]
神社の前に、「ハーレー・ダビッドソン」の店があったハズです。
また、「ミュージック」という看板もありました。
養母は、それを、「クツジューミ」と読んで不思議に思ったそうです。
[ふぁァァァーン]
わが家でも、毎日、聞いていました。5時ごろだったような気がします。
[オリアさん]
ソフトな諜報活動だったかも知れません。
「お父さんは、最近、忙しい」といった程度の情報でも貴重なのです。
新京一中の「副島講師」が、郊外で、ドイツ人の二人連れにドイツ語で話し掛けたところ、次に出会ったときには、いきなり、「副島さん」と呼びかけられたそうです。
「協和会」のバッジから、たちまち、割り出したようだと授業で明かしていました。
今では、東京が、諜報活動の天国のようです。イージス艦の情報など筒ヌケらしいですよ。
[二重窓の氷模様]
懐かしいですね。空気中に立ち込める霧氷のキレイだったこと。夢の中のようでした。
[線路]
ある日、南満洲鉄道の線路上をウサギが耳をピンと立てて、南に爆走するのを見ました。
耳を伏せたほうが、空気抵抗が少ないのではないかと疑問を持ちました。
春には沿線に、土筆が群生しました。これは、土壌が酸性であることを示しています。
[クラスの色分け]
深刻な思い出がありますが、7-8 種類あったとは知りませんでした。
[飛行機・飛行場]
新京一中の上空に、よく飛来しました。
興安病院の屋上からも離着陸が見えました。吉田博君の家・病院内をよく訪れたのです。
南満洲鉄道の線路を西に越えて、草深い草原に出ると、よく頭上を轟音とともに
ダクラスDC3 型らしきものが、銀翼を輝かせて一気に新京飛行場に滑り込んで行きました。
母方の叔父・服部ヤスヒロは航空整備将校でした。
加藤隼戦闘機隊と同列の青木戦闘機隊に所属、ノモンハンも体験したようです。
南方に転戦するも、無事帰国しました。
[順天公園・国務院]
こう書いてくると、いよいよ、high になってきます。
スペース節約のため、URL をご紹介します。
http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/dream5.html
しかし、お手間を省くために、拙文の一部を紹介します。
・・・・・
タ方、人気のない郊外の大路を、ただ独り、釣り竿を担いで帰ります。
南湖、安民広場、大同大街-緑地帯……そして、順天公園……
池がきれいです……見ました……
夕陽に輝く国務院……金・銀・緑……水がキラメキます……
その頃、新京放送局は、よく「金と銀」という曲を流しました……
ボクの中でも、ついに、切ないものが盛り上がり、ヴィブラートを奏でました……
夕陽が、大陸の秋の最終楽章を奏でながら、落ちていきます。
黄金色が燃えます。色々な形の雲・雲・雲……
一つ一つが……歓喜に打ち震え、身を焼いています……
様々なものが……見えてきます……
異形の雲、形のない雲、光の漣、輝く波紋、ナイルの流れ、天駆ける鷹、
王権の象徴、ホルス神、金波.銀波の空間……
亜麻布の帆……天上を滑る船・船・船……
水夫たちの赤銅色の肌・肌・肌……櫨をやる腕・腕・腕……
踊り子・舞姫たちの輪舞、楽士たちの合奏、ハープ・リュート、シストルム……
一段と気高く、可愛い……少年王・トゥット・アンク.アメン……
豊満な……お妃・アンク・エスエン・アメン……
・・・・・
先輩・・・チョッと、おかシイよといわれない内に、ここで失礼します。
ご健闘を祈ります。
[終わり]

http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/

 

讃辞・回想

 投稿者:閑古鳥幻聴メール  投稿日:2007年 6月24日(日)19時23分19秒
  中村芳光様

「心のアルバム」・・・すばらしい・・・すばらしい・・・・・
大交響曲を聴く想いです。
トルストイの『幼年時代』(ディエトストゥヴォ)冒頭の叙情が想起されます。
時・空が交錯、清和胡同(1935-38,1940-42)を起点とするボク自身の体験も重なり、
想い出が・・・フラッシュバックします。

[フラッシュバックの数例]
[興亜街]
新京一中(1940-42)に通っている間、この道を通りました。
もっとも、『清和胡同』-『坂本牙城』小路 - 『興安橋』 - 『新京一中』ルート
をとることが多かったのです。
叔父の安良城盛起が、一時、興亜街の中村邸近くに住んでいました。(1935年頃)
彼は、一時、孟家屯の通信施設に勤務しておりました。
[自動車を運転する女性像]
満洲をただ一語「偽満」と切り捨てるのは、欺瞞といえましょう。
ボクの養母も、冒頭の写真にあるように、モダンとなり、
ハイヒール・支那服を着て、闊歩しておりました。
[ペーチカ]
スチーム暖房以外に、温水暖房というのがあり、清和胡同の拙宅はそれでした。
[ゴルフ場]
周りは2kmと思っていましたが、NakamuraMap により 2.8kmと知りました。
新京一中の生徒は、放課後、一周を義務付けられていました。
みな、サボリました。ボクは、楽しく青春を謳歌、全校 1,600 人中ただ1人
一日も休まず回って、終了式で、思いもかけず賞状を貰いました。(1942)
[ニッケ]
よく行きました。うちでは、「ニッケ・ギャラリー」と呼んでいました。
モダンでカラフルな「ゲーム」のセットを売っていましたが、
買って貰えませんでした。ボクが知能的でないのは、そのセイなのです。
[続く]

http://www.geocities.jp/vickedgarapoehegel/

 

原稿送付の件

 投稿者:池田武久  投稿日:2007年 5月30日(水)10時19分56秒
  中村様
原稿は脱稿されたようですが 穂積氏へ送付されましたか
氏はメールアドレスを持っていないので 私のアドレスへご連絡ください
現在私のPCは大掃除をしていてメールが送信できませんのでこちらからお尋ねしました
 

(無題)

 投稿者:芝メール  投稿日:2007年 4月26日(木)08時52分37秒
  中村君 元気でやっているようだね。
ボチボチ読ませてもらっていますが、幼少時代のことをよく覚えているな
ということが第一感です。
これまで聞いたことがない事ばかりで、興味深く読んでいます。
尚、今年の墓参りは、齋藤・土田・田中と小生の四人でした。
 

一度近状でもお知らせ下さい

 投稿者:鴨緑江メール  投稿日:2007年 4月13日(金)22時25分28秒
  中村さま
23日横浜で知人の去る作家と会います 彼も新京縁の人なのできっと貴『我が心のアルバム』に共感を示す事と期待します
その為にもあなたプロフィール的なものをメールして下さい

http://plaza.rakuten.co.jp/asahi30/

 

久しぶりの感激

 投稿者:福岡市 亀井  投稿日:2007年 3月10日(土)10時46分15秒
  中村様
すばらしい作品です
大真面目でイタズラに精出す子供の姿がおかしく、思わず笑いがこみ上げてきて、ついつい読まされてしまいました。
それに満州の情景描写がいい。子供の目とはいえ生き生きととらえていて、よくぞここまでという感じです。満州で暮らした人には、こたえられないでしょう。
早く活字になって、世に出ることを期待しています
 

初次見面

 投稿者:鴨緑江メール  投稿日:2007年 2月24日(土)10時23分3秒
  中村様
私も丹東で生まれ一時帰国後際渡満して昭和21年10月新京から引き揚げました 10歳の時でした しかし我が一家は大変幸運にもあなた方に比べると大した苦労も無く引き揚げる事が出来ました
この辺りも事は下記URLをご覧になってみてください 拙文ですが多少はご理解頂けれると思います
さて 貴方の「新京わが心のアルバム」のドラマ化をご希望ならご紹介したい方が居ます
勿論その作家がドラマ化を受諾してくれるかどうかは本人に聞いてみないと判りません
4月にその作家に横浜で会う予定があります もし好かったら聞いてみてもいいですが
突然の事ですがご検討下さい 結果はわかりませんよ ではご返事お待ちしています
メールアドレスのほうへ御願いします

http://plaza.rakuten.co.jp/asahi30/

 
    (中村芳満) 「鴨緑江の街丹東生まれのブログ 」読ませていただいております。八面六臂のご活躍、羨ましく思います。
脚本家にご紹介くださるとのお話 うれしく拝見しました。何卒よろしくお願いします。
 

ホームドラマになりませんか

 投稿者:きらら  投稿日:2007年 2月13日(火)13時52分18秒
  「新京わが心のアルバム」読み始めたら 面白くてやめられなくなり 一気に読んでしまいました。これからの続きが楽しみです
こんなにいっぱい面白いエピソードがあるなら テレビのホームドラマに最適だと思います。どなたかいい脚本家の目に留まるといいですね。
その前に出版しなければもったいないと思います
 
    (中村芳満) ありがとうございます。ただ残念なことに知っている出版社も脚本家もありません。これからもどうぞ応援してください。  

また続きが楽しみ

 投稿者:うんすい(さいたま)  投稿日:2007年 2月 7日(水)06時14分55秒
  良く筆が進みますねぇ。おもちゃのバスのドァの開く音が聞こえます。顔半分の赤チンキ。ゆうやけが見えます。小道具やたべものが良く効いてますよ。
文章構成がいいです。いっぱい書くことが、父母への謝恩であり供養になると思います。
そのあたり母のこゑする秋彼岸   運勇
 

いずれ出版して

 投稿者:東京都 ウルトラマン  投稿日:2007年 1月31日(水)06時48分20秒
  「新京わが心のアルバム」読ませてもらいました
結構の長編になるようですが……幼い頃のことをよくご存知なのには驚かされ、かつ、羨ましく思いました。
小生なんか、国民学校も昭和20年の空襲で焼けてしまい、その跡は小石川5丁目公園(東京・文京区。当時は小石川区)になっている始末で、以前、その公園にある図書館に行って「前にこの地にあった竹早国民学校の記録が何か無いか」と尋ねたところ、「全く何もありません」と剣もほろろな状態で、幼い頃のことはおぼろな記憶に頼るしかない状態です。
いつか印刷物になるのかと思いますが……その時を期待し、楽しみにしています。
 

面白いです

 投稿者:とびはぜ(千葉)  投稿日:2007年 1月26日(金)16時27分8秒
  中村 芳満 様
朝、4時頃に起きてパソコンに向かう。
「新京わが心のアルバム」読ませてもらいました。
素晴らしい。とても面白い。
山梨の自動車のこと、葡萄のこと。河本大作のこと、荒井金造さんのこと、お母さんの運転の話、幸ちゃんのこと、特急あじあのこと、一等船室事件のこと。
いろいろなエピソートが折り込まれていて、面白く、一気に読みました。

後ほどコピーをして、精読したいと思っていますが、一読した感想は、小さい時のことをよく覚えているなあ、という驚きと、父・母、そして周辺の人々への温かいまなざし、中村
さんらしいすばらしい文章です。
つづきが楽しみです。
ありがとうございました。
 

天真爛漫の満州日記

 投稿者:うんすい  投稿日:2007年 1月23日(火)06時21分33秒
  満州のお坊ちゃん。記憶と証拠写真に裏付けられた立派な自叙伝は流石です。自叙伝で終わらせるのは勿体ない気がします。小説にもして置いたら如何でしょう。とりあえず第一感想まで。
穴から出穴に入り行く青大将   運勇
 

読みました

 投稿者:東京都 つくしんぼ  投稿日:2007年 1月23日(火)05時54分12秒
  中村さん見ました。見ましたよ。面白くて笑いが止まりませんでした。大したもんです。これだけの長文を一気に書く能力は、すごいもんです。最後までがんばって下さい  

厳しい中にも古きよき時代

 投稿者:ごっほ秋田  投稿日:2006年 9月21日(木)23時25分45秒
   中国や満州のことを歴史でもろくにやらなかったのに、年をとると同時に明治生まれの親父の独り言のような郷愁を誘うような場面の数々に感動しました。中村氏は私の兄よりもご年配、満州も中国も知らない秋田の百姓である我が家族にも、中村氏の有能果敢な父上を重ね見、また、美人で賢いお母様にも一生田んぼと畑で終わりそうな母を想いました。先日も仕事か趣味か分からない中国への旅行を8日間ほどしてきましたがあの広大な満州の地を縦横無尽に走り回り、中国人というより人間を愛し、種々の事業を繰り広げた功績は、激動の時代の中で、われわれ日本人が忘れてはならない多くの教訓があるように感じております。悲しいあの時代の中でも、21世紀の今の時代も、そしてこれから来る22世紀の変化の激しい未来社会においても大切なものは、国と国の動向とは裏腹にやはり身分や貧富を乗り越えた人と人とのつながりではないかと、素敵な文章の中から感じました。繰り返し読む中で読むたびに新たな感動を覚える中村氏の文章と貴重な写真にしみじみとしたものを感じている秋の夜長です。また、読ましていただいたり、つたない投稿もと考えています。ありがとうございました。  

笑えます

 投稿者:こっこちゃん  投稿日:2006年 8月30日(水)08時09分8秒
  戦争という暗いイメージの中とても、ユーモラスで笑えます。今の時代に考えられない貴重な体験を面白おかしく読ませていただきました。戦争だからと悲しい切ない思い出ばかりは辛いですものね。楽しいことも思い出させてくれるそんな明るいアルバムです。次を楽しみにしています。  

写真使えますか?

 投稿者:タイガーマント  投稿日:2006年 8月19日(土)07時31分26秒
  すばらしい内容で、面白くて、久しぶりにこんなに笑いました。
続きが待ち遠しいです
愚生の親のものですが、新京のこんな写真があります。使えますか?
 
    (管理人) 新京には、こんな通りがあちこちにあったので……
せめて街路の名前が分かればいいのですが
でも、懐かしい風景ですね どこでしょうか
 

面白いですね

 投稿者:伊沢 登  投稿日:2006年 8月18日(金)12時08分53秒
  面白いので、ついつられて一気に読んでしまいました。
途中おかしくて 腹が痛くなるほど笑いました
この先どうなるのか、続きがとても楽しみです
 

レンタル掲示板
/1