|
|
> No.26[元記事へ]
はじめまして。最初の投稿はミスです。すみません。榎原均さんのホームページ経由でこのページを知ったものです。伏見ボランティアセンターの騒動について、そもそも労協ではないのでは、という疑問があります。
>雇用労働ではない労協では、労働と資本とは対立した関係になく、だから、「労働が資本を使う」こともありません。こんな基本概念での混乱がここにはあるのです。資本とは、無限に価値増殖しようとする人格化した資本であり、資本家として表れる意志を持った存在なのです。しかし、労働力と労働対象諸条件との分離のなかで生産手段が資本となるのですから、労協では、それは結合されており資本関係は発生しないのです。
杉本さんが指摘されるような状態が保証されるのは、経営当局と労働者が自由に入れ替われる輪番制やいつでも罷免可能な選挙制による経営当局の選任が存在する場合のみでしょう。モンドラゴンではそのような体制になっていると記憶しています。投稿を読むかぎりでは、伏見は当局と労働者とが分離されているようなきがするのですが、どうなのでしょうか。労協に名を借りた新たな搾取形態が発生しうる可能性を感じています。
|
|