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ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.41 付録 敬礼(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 6月15日(金)13時19分32秒
編集済
  【新ニ十圓金貨】(明治41年銘)

~貨幣法のもと発行された最高額面の金貨~

>大量に発行された物の殆ど流通していなかった<

◇ようやく貨幣の統一か実現した明治期。
金本位制への移行を目的に新たに制定された「貨幣法」のもとで、「新ニ十圓金貨」は最高額面の金貨として発行された。
しかし、意外な事に金本位制時代に有りながら新金貨は殆ど流通していなかったようで有る。
流通しなかった理由は多分、本位貨幣で有りながら『新1円金貨』が存在しなかったからだろう?
支払いで端数を支払う事が出来ない金貨と紙幣の兌換を望む場合!5円迄の領域迄待たないと交換不可能となった!

◇発行期間~明治30(1897)年~昭和7(1932)年

◇品位~金900/銅100 (この含有率なら22K~18Kの範囲内の何処かだろう?(笑))

◇量目~16.67g

◇当時の貨幣価値~現在の約7万8,000円に相当

参考文献:週刊日本の貨幣第41号より引用抜粋&ゾン大尉のオリジナル表現!

 
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.39 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 5月31日(木)14時51分22秒
編集済
  【長年大寳】(チョウネンタイホウ) [皇朝十二銭/No.7]

~畿内限定の貨幣へと役割が変わった皇朝十二銭~

>周防の鋳銭司に統一された最初の貨幣<

嘉祥(カショウ)元(848)年に発行された『長年大寳』は、和銅元(708)年から朝廷が発行した皇朝十二銭の【7番目】にあたる銅銭である。
もととなった中国大陸の銅銭は青銅でつくられていたが、本銭は''鉛銅貨''とでも言うべき程の低品位の物で有った。(銅と鉛のブレンドの比率)

銭文は「長年大寳」。上部の「長」の字より、時計回りに読んでいく。

参考文献:週刊日本の貨幣第39号より抜粋。

 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.38 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 5月23日(水)19時46分23秒
編集済
  【旧・五圓金貨】(明治三年銘)

~イギリスの本位貨幣と近い量目で人気が高かった~

~旧金貨の中でも、最も発行枚数の多い金貨~

>発行期間 明治4(1871)~明治30(1897)年<

>当時の貨幣価値は現在の10万円に相当<

新貨条令の骨子は、①新しい通貨単位を『円』とする、②十進法を採用し、1円=100銭=1,000厘とすると言う二つで有った。
さらに、本位貨幣は1円金貨とし、純金1.5g(1アメリカドルに相当)を1円とする。
50銭以下の銀銅貨を補助貨幣とする、貿易用の銀貨(貿易銀)として1円銀貨を鋳造する事なども定められた。『旧五圓金貨』は、この時期に発行された金貨の一つで有る。

参考文献:週刊日本の貨幣第38号より引用抜粋。

編集後記:今回の付録の造りは非常に良し!
色合いも良し!
いつもそう言う風に造れ!(笑) 
 

~GW特別企画~ 第1部

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 5月 3日(木)01時12分31秒
編集済
  ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション

 【定期購読者向け特典レプリカ】

【天正長大判】

~豊臣家の権力誇示した世界最大級の金貨~
海軍で例えると巨大戦艦大和に匹敵。大艦巨砲主義。(笑)敬礼!(^^ゞ

>安土桃山時代から江戸時代の初期にかけ、豊臣家の命により鋳造された天正長大判金。
世界に現存する金貨の中では最大級で、細工や墨書きなども格調高い。
国中の金を支配した豊臣家ならではの大判は徳川の天下になった後も流通した。<

鋳造期間:天正年間~慶長14年

素材:金730/その他270

量目:約165g

当時の貨幣価値:不明

>大判は家臣への恩賞用、朝廷・公家などへの贈答用に鋳造された特別の貨幣。
量目は十両(44匁=165g)に定め、万延大判を除き大判は常に十両の重さが有ります。
したがって大判の拾兩は金貨幣の額面単位ではなく、量目を表した物です。
(当時、大判を小判等に両替する場合は7割程になったと言われています。
記念金貨で例えると天皇陛下十万円金貨の額面価格に似てますね?
金地金のグラムだけなら十万円の額面には届かず!
高めに額面を設定しているな!)
大判の額面価格も高めの拾兩に設定している!
似た物同志?(笑)<

~天正長大判の墨書きの説明~
全5文字! 上から1~2文字目【拾兩】(重さ44匁の意味)/上から3~4文字目【後藤】(後藤家の代々当主の署名)/上から5文字目は花押のマーク(後藤家当主の花押)

参考文献:週刊日本の貨幣創刊号&日本貨幣カタログ&ゾン大尉のオリジナル表現より引用抜粋。
 

~GW特別企画~ 第2部

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 5月 3日(木)00時06分54秒
編集済
  ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション
 ~【定期購読者特典レプリカ】~

【開基勝寳】(重要文化財) 東京国立博物館所蔵品
~日本初にして古代唯一の金貨~

>現存する32枚中31枚は博物館が所持<
>残り1枚は明治天皇が明治10年(1877)に奈良に幸行した際に献上され、皇室の御物に成っています。寛政6(1794)年に奈良郊外の西大寺の西塔跡から発見された1枚。<

>東大寺の大仏や唐招提寺が既に完成した天平文化の最盛期、天平寳寺4(760)年に『開基勝寳』は製造された。
『和同開珎』の発行から53年が経ちその次を担う錢貨の一つで、16世紀迄日本で唯一となる公式の金貨で有った。<

>1枚の価値は『和同開珎』1,000枚分<

>量目:約15g<

>当時の貨幣価値は現存の米400合に相当。<

参考文献:週刊日本の貨幣創刊号&日本の貨幣収集の手引きより引用抜粋。
 

ゾン大尉の本物コレクション! 敬礼→(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 4月30日(月)15時26分50秒
編集済
  【竜十錢銀貨】(明治38年銘)

>直径17.57mm/品位 銀800 銅200/量目 2.70g<

~竜の十錢銀貨は明治39年銘が最後~

>明治40年からは旭日模様柄に変更されて行く<

>銀価格の上昇に伴う品位・量目・デザインの変更<

>銀貨全盛期の時代は止むを得ないで始まりやむを得ないで終わるか(笑)丹波哲郎演じる小沢治三郎役の名セリフ!(笑)<

画像撮影者:古銭撮影奉行のゾン大尉(笑)敬礼→(^^ゞ
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.33 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 4月19日(木)16時26分33秒
編集済
  【和同開珎】(銀錢)

~日本初の公鋳銀貨~

>銅錢の価値を認めさせる為に発行か<
~日本初の流通貨幣とされる『和同開珎』には、銀でつくられたものが存在する。
銀製のものは銅製の『和同開珎』を製造する為の練習、或いは錢貨移行をスムーズに行う為の試鋳貨であったと考えられている~

>富本錢の発見によって『日本最古の銅錢』説が覆る<

>銀製の『和同開珎』は日本最古の公鋳銀貨<

>和同開珎の銀錢は本邦初の本位貨幣か<

>日本初の銀貨は民間人がつくった『無文銀錢』<
~富本錢よりも更に40年も古い天智天皇の時代(667~672)につくられ使われていたと考えられる~


>発行期間~和同元(708)年~?<

>素材~銀<

>量目~約5g<

>当時の貨幣価値は現在の米30升に相当<
~日本酒の酒瓶30本分に米が入ってると思えば解り易いだろう。(笑)~

参考文献:週刊日本の貨幣第33号より引用抜粋。他ゾン大尉のオリジナル表現(笑)

 

管理人の蒼さんの感想をお待ち致しております。

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 4月16日(月)23時47分1秒
編集済
  近代銭には興味無いかぁ?(笑)
週刊日本の貨幣の分冊雑誌の付録のレプリカにも興味無いかぁ?(笑)
蒼さんの専門分野の穴銭の特集記事と付録のレプリカにも興味無いかぁ?(笑)
皇朝十ニ銭の特集記事には興味を示してくれると思っていたけれど。(笑)
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.32 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 4月15日(日)19時00分24秒
編集済
  【旧ニ圓金貨】(縮小型) 明治十年銘

~完成度は高まったものの時代に求められなかった悲劇の金貨~

>発行枚数は僅か304枚<
~縮小型金貨の年代別発行枚数内訳は、明治9(1876)年が39枚、明治10(1877)年が178枚、明治13(1880)年が87枚。

>直径は16.97mm。以前より0.87mm縮小したけれど紋様は鮮明になったんだ<

>当時の造幣局には未だ鋳造技術が未熟であった為に天皇を表す龍の紋章が明瞭に打刻されていないと言う問題が有った。
政府は龍紋を美しく表す為に彫りを深くし、その分直径を縮小した金貨の製造を行った。
これは当時の造幣局にとってはリベンジだぁ!
明治9年には、アメリカのフィラデルフィア万国博覧会が開催される事になり日本も何か出品して国をアピールしないと世界から近代化が認めて貰えないと焦っていた。
明治日本の技術をアピールする千載一遇のチャンスが万博に金貨を出品する事であった<

>当時の貨幣価値は現在の約4万円に相当<

参考文献:週刊日本の貨幣第32号より引用抜粋。
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.30 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 4月 1日(日)19時02分2秒
編集済
  【天保五兩判】

~江戸時代唯一の『五両判』~

>大判と小判の中間としてつくられた『中判』<

~江戸時代後半になると、幕府は慢性的に赤字を抱えるようになる。
財政補填のためにもちいられたのは、貨幣改鋳による発行益であった。
江戸時代を通じて唯一の五両金貨である『天保五兩判』も、実態は天保小判5枚分より少ない金でつくられていた。~

~1両の小判と10両の大判の中間的存在であることから『中判』とも呼ばれた。
しかし全体の量目は9匁(33.75g)しかなく、これは同額の天保小判5枚分と比べると金の含有量が0.48匁(1.8g)ほど少ないこととなる。~

>当時の貨幣価値は、現在の約20~30万円に相当。<

>発行期間 天保8(1837)~天保14(1843)年

参考文献:週刊日本の貨幣第30号より抜粋引用。


 

アーカイブ! ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション! 創刊号! 付録! 敬礼→(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 3月25日(日)18時43分47秒
編集済
  【旧ニ十圓金貨】

~明治初期につくられた日本初の洋式コイン~

>近代化の波が一気に押し寄せた明治時代を象徴する出来事のひとつに、新貨幣制度の導入が挙げられる。
明治新政府は、明治4(1871)年に『新貨条令』を公布。
これにより、明治3年銘のニ十圓金貨をはじめとする国内初の洋式コインが発行された。<

>明治3年と刻まれた旧ニ十圓金貨は、その多くが海外に流出したため、国内の現存数は少なく、コレクターのあいだで高値で取引されている。<

>当時の貨幣価値は、現在の40万円に相当。
当時の庶民にはあまり縁の無い物だった。<

参考文献:週刊日本の貨幣創刊号より抜粋引用。
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.29 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 3月21日(水)16時08分10秒
編集済
  【神功開寳】ジングウカイホウ

~奈良時代最後の皇朝十二錢~

前政権の政策否定の為に発行されたと言われる銅錢。

奈良時代最後の銅錢として発行されたのが『神功開寳』で有る。
発行の目的は不明だが、直前に発行された萬年通寳がわずか5年しか経たないうちに廃止されたことから、政争に破れ粛正された恵美押勝政権否定の為に発行されたとも考えられている。

発行期間~天平神護元(765)年~?

素材~銅75.17%/鉛6.83%/錫4.73%/鉄1.4%/その他11.87%(近年の造幣局の成分分析結果による)

銅と鉛、錫の品位は萬年通寳に近く、平安時代以降少しずつ品位が低下していく皇朝錢の中では、良質の銅錢と言える。

三良質の皇朝十二錢と言えば~『和同開珎』『萬年通寳』『神功開寳』で有る。解ったぁかぁ?解ったぁらぁ係れ~ぇ!敬礼→(^^ゞ (笑)

参考文献:週刊日本の貨幣第29号より引用抜粋。
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.27 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 3月11日(日)19時22分8秒
編集済
  【額壱分金】ガクイチブキン

~全国流通前に発行された一分金のプロトタイプ~

>かつては豊臣秀吉発行と考えられていた貨幣<

秀吉により関東へ移封された徳川家康は、領国内で通用する貨幣制度を基準として整備された貨幣制度の中で、小判(1両)の4分の1にあたる計数貨幣としてつくられたのが「額一分金」で有る。

発行期間~慶長4(1599)年

当時の貨幣価値は現在の約¥25,000._

江戸時代の貨幣は四進法。

額一分金4枚で1両小判と両替成立。

解ったぁかぁ?解ったぁらぁ、係れ~ぇ!敬礼→(^^ゞ

参考文献:週刊日本の貨幣より引用。 
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.26 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 3月 2日(金)20時01分2秒
編集済
  【万延小判】(雛小判)

~江戸幕府が発行した最小の小判~

>小さ過ぎる見た目から「雛小判」とも呼ばれる<

アメリカとの貿易を開始した江戸幕府であったが、
海外と国内の金銀比価の差を外国人商人に利用されて大量の金が国外へ流出する事態を招いてしまう。
状況を重く見た日米両政府は相談の結果、
小判のサイズを縮小することで金の国外流出を抑えようとした。

>金貨の大量流出を招いた日本に不利な交換レート。
銀高金安を解消する為に、純金量を3分の1に減らして小型・軽量化したんだ。

>当時の貨幣価値は、現在の、約6,250円に匹敵。
現在の低所得者の日給と変わらん金額やぁなぁ?(笑)

雑談~万延小判1枚を毎日稼いで働け!(笑)

参考文献:週刊・日本の貨幣より引用。
 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.24 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 3月 2日(金)19時57分6秒
編集済
  【旧・十圓金貨】

~新通貨単位「円」と共に誕生~

>1円=純金1.5gの旧金貨<

「旧10円金貨」は、明治初期の「新貨条令」によって発行された金貨の一つで有る。
この条令は明治政府が制定した、統一された貨幣に関する日本初の法令で有った。
私たちが現在も用いている通貨単位「円」は、この時に生まれた。

>デザインを世界的彫金師が手掛け100年以上にわたり通用
~昭和63(1988)年施行の新法「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」(現行法)によって旧金貨は廃止された。
最後期の頃の流通は殆ど無かったと思われるが、旧10円金貨は誕生から法律で廃止される迄、100年以上を数えた息の長い硬貨と成った。

>当時の貨幣価値は、現在の約20万円に匹敵。

雑談~給料袋に旧10円金貨を入れて渡せ!(笑)

参考文献:週刊・日本の貨幣より引用。
 

re:道光通宝 背癸

 投稿者:  投稿日:2018年 2月26日(月)00時53分5秒
  見たことがありません。
ただ、内郭の仕上げがイやな感じですね^^

 

道光通宝 背癸

 投稿者:酔仙庵  投稿日:2018年 2月20日(火)12時46分25秒
  画像を送ります。
黄銅質の大様銭です。
銭径27,39mm・重量5,1g
 

道光通宝 背癸

 投稿者:酔仙庵  投稿日:2018年 2月19日(月)16時28分14秒
  蒼庚童さん、道光通宝 背癸 知ってますか? 清朝銭譜に載っていません。  

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.23 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 2月11日(日)19時59分50秒
編集済
  【正徳小判】ショウトク (武蔵小判)

~慶長小判がモデルの複古小判~

≫新井白石による小判の良質化≪

正徳小判は慶長6(1601)年から発行され品質の高かった江戸幕府初の小判である慶長小判とほぼ同じ量目と品位で鋳造されることとなった。

正徳4(1714)年に改鋳された金貨は「武蔵判」と呼ばれました。
慶長小判の祖である「武蔵墨書き小判」に復帰する事を示しての命名です。
武蔵小判は正徳年間の製造であるところから現在は「正徳小判」と呼ばれている。

ちなみに慶長小判には、ござ目の間隔が広いタイプと狭いタイプの二種類が存在している。

今回の正徳小判のタイプは、ござ目の間隔が広いタイプの慶長小判より引用。

当時の貨幣価値は、現在の4万~6万円に匹敵。時価。



参考文献:日本の貨幣収集の手引き/週刊日本の貨幣 より引用。



 

ゾン大尉の週刊・日本の貨幣コレクション VOL.22 付録 敬礼!(^^ゞ

 投稿者:ゾン大尉  投稿日:2018年 2月 1日(木)19時14分0秒
編集済
  【富本錢】

~発見された中で日本最古の銅錢~

>いまだ未判明な部分も多い<

平成3(1991)年1月、奈良県高市郡明日香村の飛鳥池工房遺跡から発掘された銅錢が『富本錢』である。
天武天皇12(683)年頃の鋳造の可能性が高いとされ、和同開珎に先んじてつくられた日本最古の貨幣として、それまでの歴史を書き換える事となった。

当時の銅錢は原型を粘土で挟んで鋳型をつくり、そこへ溶かした銅を流し込む方法で製造されていた。

『富本』という錢文も「国を豊かにする基(富本)は食料と財産にある」という、唐の時代に編纂された歴史書の一節に由来していると言われている。

『富本錢』は、中国から遣唐使が持ち帰った『開元通寳』を手本にして作られたと考えられている。


参考文献:週刊日本の貨幣より抜粋引用。

 

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