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「商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という価値形態」  ーーとは何か? 

 投稿者:杉本  投稿日:2016年 5月25日(水)23時41分19秒
  通報 返信・引用 編集済
   価値表現と価値存在の表現の区別とは何か?ーーへの改稿であります。
 http://8918.teacup.com/rev21/bbs/1455

hirohiro
さんへのお返事です。
http://8918.teacup.com/rev21/bbs/1452
あくまで媒介されています  投稿者:hirohiro  投稿日:2016年 5月 8日
<上着の現物形態が等価物とされることで、直接的に価値形態であり、上着の自然的形態のままに直接
的に価値表現をし、価値形態と規定される等価形態の独自性であって、リンネル価値の相対的表現では
ないのです。>

> 後半部分にはやはり同意できません。特に次の部分には反対です。

> >上着の現物形態が等価物とされることで、直接的に価値形態であり、上着の自然的形態のままに直
接的に価値表現をし、価値形態と規定される等価形態の独自性であって、リンネル価値の相対的表現で
はないのです。
> >等価形態では、価値上着が直接的に表現されるのですし、だからこそ、この形態では、使用価値上
着が価値の現象形態になり、直接的に・相対的価値表現のように媒介されずとも価値形態を得ることが
出来るのです。

> リンネルが自己の価値を上着で相対的に表現することによって、上着はその自然的形態のままで直接
的な価値対象性をもつことになるのです。あくまでもリンネルによる価値表現によって媒介されている
のです。
そのことは杉本さん自身が「等価物とされることで」と自ら言明しているのではないでしょうか。


私が、
>「等価物とされることで」と自ら言明ーーーしたところは次のところですね。

> >上着の現物形態が等価物とされることで、直接的に価値形態であり、・・・・・・・
> >等価形態では、価値上着が直接的に表現されるのですし、だからこそ、この形態では、使用価値上
着が価値の現象形態になり、直接的に・相対的価値表現のように媒介されずとも価値形態を得る

そうですね・・次の点をもう少し検討してみます。


 A)上着の現物形態が等価物とされることで、直接的に価値形態ーーとは何か?

①パラグラフで、次のように、マルクスの説を紹介しています。この理解に関わることだと思えます。

 四版 等価形態
 ①パラグラフ
 すでに見たように、一商品A(リンネル)は、その価値を異種の一商品B(上着)の使用価値で表わ
すことによって、商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という価値形態を押しつける。リ
ンネル商品はそれ自身の価値存在を顕わにしてくるのであるが、それは、上着がその物体形態とは違っ
た価値形態をとることなしにリンネル商品に等しいとされることによってである。だから、リンネルは
実際にそれ自身の価値存在を、上着が直接にリンネルと交換されうるものだということによって、表現
するのである。
したがって、一商品の等価形態は、その商品の他の商品との直接的交換可能性の形態である。
(四版 原P70 国民文庫P106)

まずは、次の表現の意味を検討してみます。

「だから、リンネルは実際にそれ自身の価値存在を、上着が直接にリンネルと交換されうるものだとい
うことによって、表現するのである。」

「リンネルは実際にそれ自身の価値存在を・・・表現する」ーーとは、その前段に、述べられたことー
ーー次の事柄を意味します。

「a相対的価値形態の内実」
 8段落ーー「とはいえ、リンネルに対して上着が価値をあらわすということは、同時にリンネルにと
って、価値が上着という形態をとることなしには、できないことである。」
 9段落ーー「こうして、上着がリンネルの等価物となっている価値関係の中では、上着形態が価値形態
として認められる。それだから、商品リンネルの価値が商品上着の身体で表現され、一商品の価値が他
の商品の使用価値で表現されるのである。(国民文庫P101)
 11段落ーー「こうして、価値関係の媒介によって、商品Bの現物形態が商品Aの価値形態となる。言
いかえれば、商品Bの身体が商品Aの価値鏡となる(18)。商品Aが価値体としての、人間労働の物質化
としての、商品Bに関係することによって、商品Aは、使用価値Bを、それ自身の価値表現の材料にす
る。商品Aの価値は、このように商品Bの使用価値で表現されて、相対的価値という形態をもつのであ
る。」

ここでは、
①「上着がリンネルの等価物となっている価値関係の中では、上着形態が価値形態として認められ・・
それだから、商品リンネルの価値が商品上着の身体で表現され」ーーとされ、
相対的表現がリンネルの使用価値上着による価値表現の内実として、価値形態の冠をかぶる王と、かぶ
らせる臣民の二つの役立ち(諸物象の関係)ーーによって成されることが述べられていた。

 そこで、等価形態を論じる冒頭に、それを語る前提として、相対的価値形態の成立は、ーーー
「すでに見たように一商品A(リンネル)は、その価値を異種の一商品B(上着)の使用価値で表わ
すことによって、商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という価値形態を押しつける。」
ーーーことで成されていた、と再確認しているわけです。
<この認識は、誤っているので、以下検討しています。>



 B)「等価物という価値形態」ーーが、等価形態のことか?

 なんと私は、「等価物という価値形態」ーーが、等価形態のことだと今まで認識していたが、読み返
してみると、上記の
「商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という価値形態」  ーーとは、
「上着がリンネルの等価物となっている・・中では、上着形態が価値形態」ーーのことと同じと思える
がどうか?

なぜなら、
相対的価値形態の成立での価値関係にある両者ーーリンネルの価値表現で受け取る価値形態上着ーーの
諸物象の役立ちでの、「価値形態」上着という規定・判断があったとここで再確認している。

 再度掲げてみるーーー
   「すでに見たように、一商品A(リンネル)は、その価値を
    異種の一商品B(上着)の使用価値で表わすことによって、
    商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という
    価値形態を押しつける。」
「すでに見たように、」とあるのだから、「a相対的価値形態の内実」での分析のことなのです。
この理解は正しいのか?以下検討してみよう。


 堺の資本論を読む会の報告には しかし次のフランス語版が提示されています。

 http://blog.goo.ne.jp/sihonron/e/e808e7d9db9d4432f564fae1ee03cf9f
 フランス語版では、この部分が三つのパラグラフに分かれていることが指摘されました。
ついでにフランス語版を紹介しておきましょう。

 両者を対面ーー比較してみよう。

  フランス語版                     四版

 すでに見たことだが、商品A(リンネル)は、   すでに見たように、一商品A(リンネル)は、
その価値を異種の一商品B(上着)の使用価値に  その価値を異種の一商品B(上着)の使用価値で
表現すると同時に、商品Bにたいし、特殊な価値  表わすことによって、商品Bそのものに、一つの
形態である等価形態を押しつける。リンネルはそ  独特な価値形態等価物という価値形態を押しつけ
れ自身の価値(存在)性格を次のような関係によ  る。リンネル商品はそれ自身の価値存在を顕わに
って表す。                   してくるのであるが、それは上着がその物体形態
すなわち、自然形態にあるがままの上衣という別  とは違った価値形態をとることなしにリンネル商
の商品が、リンネルに等しいとされる関係によっ  品に等しいとされることによってである。
て。                      だから、リンネルは実際にそれ自身の価値存在を
したがって、リンネルは、自分自身があるものに  上着が直接にリンネルと交換されうるものだとい
値していることを、上衣という別の商品が直接に  うことによって、表現するのである。したがって
自分と交換可能であるという事実によって、表現  一商品の等価形態は、その商品の他の商品との直
している。                   接的交換可能性の形態である。」
 すべての商品は、価値としては人間労働という
同じ単位の同等な表現であり、相互に置き換える  左側フランス語版
ことができる。したがって、商品が価値として現  <商品が価値として現われる形態をもつやいなや
われる形態をもつやいなや、この商品は別の商品  この商品は別の商品と交換可能なものになる。>
と交換可能なものになる。            交換可能性の形態とは?価値形態ーーのことです
 一商品は、それを等価物とする他のすべての商
品と、直接に交換可能である。すなわち、価値関  では直接的交換可能性の形態とは?
係においてこの商品の占める位置が、その自然形  価値上着が価値形態の姿態をとることでリンネル
態を、他の商品の価値形態にする。この商品は、  価値を表現する媒介された形態でーーではなく、
それが他の商品にたいし価値として現われ、その  上着が、その自然的形態・現物形態のままに、直
ようなものとして値うちをもち、したがって、他  接的に価値形態とされる等価形態の独自性ーーな
の商品と交換可能なものになるためには、その自  のです。
然形態とちがった形態をとるには及ぼない。した
がって、一商品にとって等価形態とは、その商品
が他の商品と直接に交換可能であるところの形態
なのである。
(江夏他訳26-7頁)

 この<等価形態の独自性>を語るためには、相対的価値形態の成立の過程での上着がリンネルの価値
形態となる独自性を、再度・探求・確認しておかなければなりません。

 そこでフランス語版での相対的価値表現にての「価値の存在形態」は如何にして表現されるのか?
ーーを検討し見てみます。
 《フランス語版》
 実際には、われわれがすでに見たように、上衣が等価物として置かれるやいなや、上衣はもはや自分
の価値性格を証明するための旅券を必要としない。こうした役割において、上衣自体の存在形態が価値
の存在形態になる。ところが、上衣は、上衣商品の体躯は、単なる使用価値でしかなく、一着の上衣
は、リンネルの任意の一片と同じように、価値を表現するものではない。
このことはただたんに、上衣がリンネルとの価値関係のうちでは、この関係のぞとでよりも多くのこと
を意味する、ということを証明しているにすぎない。それはちょうど、金モールの衣裳をつけた多くの
重要人物が、金モールをはずせば全くくだらなくなる、のと同じである。(江夏訳21-22頁)

 ここでは、上着が等価物となり、
<こうした役割において、上衣自体の存在形態が価値の存在形態になる。>
ーー事にて、上着がリンネルの価値形態になると、示されているのです。

 では・・次にフランス語版の等価形態の記述で示された次のことは何か?

  「すべての商品は、価値としては人間労働という同じ単位の同等な表現であり、
  相互に置き換えることができる。したがって、商品が価値として現われる形
  態をもつやいなや、この商品は別の商品と交換可能なものになる。」

  <商品が価値として現われる形態をもつやいなや、
  この商品は別の商品と交換可能なものになる。>

   <商品が価値として現われる形態>とは?
  「すなわち、価値関係においてこの商品の占める位置が、その自然形態を、
  他の商品の価値形態にする。この商品は、それが他の商品にたいし価値として現われ、
  そのようなものとして値うちをもち、したがって、他の商品と交換可能なものになる
  ためには、その自然形態とちがった形態をとるには及ぼない。」

  この意味は何か?

   そのものずばり!!!使用価値が価値の現象形態になることですが、
  しかし、それは上着が、直接的に価値形態とされることで成立するのであって
  上着が価値表現に媒介されずとも、直接的に価値の存在形態であることで表されるのです。


  そこで、次の記述がピッタリと当てはまるのです。

  「だから、リンネルは実際にそれ自身の価値存在を上着が直接にリンネルと交換されうるも
  のだということによって、表現するのである。」(四版等価形態)

 結論ーー
「商品Bそのものに、一つの独特な価値形態、等価物という価値形態」  ーーとは?
上記の「それ自身の価値存在を上着が直接にリンネルと交換されうるもの」として表現していること
ーーなのですから、
「上着がリンネルの等価物となっている・・中では、上着形態が価値形態」ーーのこととは、
異なることであり、
①この相対的価値表現にて、上着がリンネルの価値存在を表現するからそのことが可能となり、
(その)「中では上着形態が価値形態」となり、
②等価形態では、上着がリンネル「自身の価値存在を」「上着が直接にリンネルと交換されうるもの」
ーーとして表現しているので、上着の自然的形態のままに価値形態である、とまとめることが出来る。


 
 
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