teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


新着順:9/1493 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

初版第一の形態の5段落の誤訳について <その2>

 投稿者:杉本  投稿日:2018年10月12日(金)09時32分41秒
  通報 返信・引用 編集済
     <https://8918.teacup.com/rev21/bbs/1676  初版 商品  ③  >
   上記の論争点の補足であります。

 改稿してみました。
 対象とされる5段落の正しい訳の全文をまず提示してみました。
 韓国-朝鮮語 中国語 仏語 これで 独語 英語 日本語ーーと6ヶ国語であります。

https://www.marxists.org/archive/marx/works/1867-c1/commodity.htm

 ⑤In der Ausdruck des relativen Wertes: 20 Yards Leinen = 1 Mantel (oder x Leinen ist wert des Fells), muss man zugeben, dass das Fell nur als Wert oder Koagulation der Arbeit zählt, aber gerade durch diese Tatsache, dass das Koagulation der Arbeit zählt als Mantel und Mantel als die Form, in die menschliche Arbeit fließt, um zu erstarren.
相対的価値:20ヤードのリネン= 1コート<1Mantel>(またはxリネンはコートの価値がある)の表現では、コートは仕事の価値または凝固としてしかカウントされないが、正確には凝固した 人間労働が凝結するための形態としてのコートであるとしてーーその意味で、コートとしてカウントされます。
 <既存訳今村--「・・の表現・・・形態として通用する。」ーー
 では無く「認められている」--江夏訳--であり、「カウントされる」
 物象の判断が4段落に示されているのだからーーと動作を示す必要あり>
In the expression of the relative value: 20 yards of linen = 1 coat (or x linen is worth the coat), one must admit that the coat counts only as a value or coagulation of the work, but precisely by this fact that the coagulation of the work counts as a cloak and coat as the form into which human labor flows to freeze.

Die Gebrauchswertschicht wird nur zur Erscheinungsform des Leinenwertes, weil sich das Leinen mit dem Material des Mantels wie mit einer unmittelbaren Materialisierung der abstrakten menschlichen Arbeit und damit mit der Arbeit derselben verhält, die objektiviert ist in der Wäsche selbst.
 <「使用価値としての上着がリネン=価値の現象形態になるのは、
  ただリネンが抽象的人間労働の直接的< Materialisierung>
  受肉としての上着素材<Material>に関係するからであり、
  この労働はリネン自身に対象化された労働と同質の労働である
  からである。」今村訳P288>
使用価値は、リネン価値の表現とすぐなりますが、リネンは、抽象的人間労働の即時的現れーーと同様に、その外装の材料で動作し、リネン自体の中で客観化されているため、リネン価値の表現になります。
The use-value layer only becomes the manifestation of linen value, because the linen behaves with the material of the mantle as with an immediate materialization of abstract human labor, and thus with the work of it, objectified in the linen itself.
  <上記・此処までは、なんと等価物上着などは対象とされず、
  であり、リネンの相対的価値形態の成立を目指した論理です。>

Der Gegenstand, das Fell, gilt als sinnlich greifbare Vergegenständlichung gleicher Arbeit und damit als Wert in natürlicher Form. Da es als Wert derselben Essenz wie der Mantel ist, wird die natürliche Formschicht dadurch zur Erscheinungsform ihres eigenen Wertes.
オブジェクト(コート)は、同等の作業の具体的なオブジェクト化、したがってその自然な形の価値のあるものとみなされます。 マントル<外装されたもの>と同じエッセンスの価値であるため、自然ーー形態はそれ自身の価値の現れとなります。
The object, the coat, is considered to be the tangible objectification of equal work, and thus of value in its natural form. As it is the value of the same essence as the mantle, the natural form layer thereby becomes the manifestation of its own value.

As it is the value of the same essence as the mantle, the natural form layer thereby becomes the manifestation of its own value.
マントル<外装されたもの>と同じエッセンスの価値であるため、自然のフォームはそれ自身の価値顕現となります。
<manifestation 顕現とは?明確に、上着はその自然的形態のままに価値形態とされることです。>
  <上記の訳には、うん十年の年功が重なっています。>
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
https://www.marxists.org/archive/marx/works/1867-c1/commodity.htm

 <初版、同じところからですが、韓国語訳を選択したものです>
 ⑤?? ?? ?? : 20 ??? ?? = 1 ?? (?? x ??? ??? ?? ? ?? ),
 <杉本ーー上記のように韓国語での表記がなぜか!!!できません。その和訳のみ提示します。>

相対的価値の表現:20ヤードのリネン=1コート(またはxリネンはコートの価値がある)、コートは価値のあるもの又は労働の凝固として見なされることを認めているが、コートに労働カウントの凝固がみなされ、およびその凝固のために、人間労働が流れる形でコートが判断されている。


使用価値コートはリネン価値の出現形態でのみ使用されます。なぜならリネンは抽象的な人間労働の即時具体化に関しては、コートの物質と関連があり、そのため、客観されたものと同じ種類の労働に関連するからです、リネンそのものの中で。


対象、コートは、同じ種類の人間の労働のsenspestpurpable objectification<センセーショナルな客観化>では、結果的に自然な形で価値があると見なされます。コートのような本質の価値あるものなので、自然な形のコートは、それ自体の価値の出現形態になります。


しかし、使用価値(coat)で表現される労働はただの人間の労働ではなく、むしろ特別な有用労働(tailoring)である。ただの人間の労働(人間労働力の支出)は、すべてのすべての決定を受けることができますが、それは事実だが、それ自体は決定されない。


人間労働力が、決定され具体化された労働に決定された形で消費されるやいなや実現されて客観的することができる。
これは、労働が自らを客観化する外的物質であるいくつかの自然実体によって直面することができる唯一の決定され具体化された労働だからだ。外的物質なしに自分自身を客観化することは、ヘーゲルの意味で「概念」に過ぎない。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 中国語
 ⑤在相對價値的表達中:20碼的亞麻布= 1個外套(或者,x亞麻布的外套價値),人們必須承認外套僅僅作為勞動的價値凝固,但正是通過這一事實,勞動凝結作為外套計算,並作為人工流動的形式塗覆以凝固。使用價値的外套只是亞麻價値的外觀形式,因為亞麻與外套的材料有關,它與抽象的人類勞動的直接具體化有關,因此也與物化的東西相同。在亞麻本身。

對象,外套,它是對同類人類勞動的一種感官上可觸知的客觀化,並因此作為自然形式的價値由於它與塗層具有相同的本質,因此天然形状塗層因此成為其自身價値的外觀形式。

但是,在使用價値外套中所代表的勞動力不僅僅是人工,而是一種特別有用的勞動力:剪裁。簡單的人力勞動(人力勞動力的支出)能?接受毎一個決定,這是事實,但僅僅在其自身中是不確定的。

一旦人類的勞動力以確定的形式,如既定的和明確的勞動力消費,它就只能實現和客觀化; 因為它只是一種自然實體所面臨的決定和指定的勞動 - 一種勞動客觀化的外在材料。只有黑格爾意義上的“概念”才能在沒有外在材料的情況下使自己客觀化。[1]

 ⑤相対値の表現:20ヤードのリネン= 1コート(またはリネンのxコート値)では、コートは労働または固化の価値に過ぎないと認めなければならないが、この事実により労働結露ジャケットとして計算され、凝固するために手動の流れとしてコーティングされる。リネンはコートの材料に関連しているので、コートの価値はリネンの価値の出現でしかなく、抽象的な人間の労働の直接的な実現に関連するため、マテリアライズと同じです。亜麻そのものです。

オブジェクト、コート、それは同じ種類の人間の労働の感覚的で知覚可能なオブジェクト化であり、したがって自然な形の価値です。それはコーティングと同じ性質を有するので、自然の形状のコーティングは、したがって、それ自身の価値の出現の形態になる。

しかし、使用価値という点では、ジャケットに代表される労働者は単なる労働ではなく、特に有用な労働力である。単純な人間の労働(人間の労働の支出)はすべての決定を受け入れることができますが、それは本当ですが、それ自体は不確実です。

人間の労働は、確立された明示的な労働消費のような形態を決定すると、それは実現可能であり、客観化することはできない。材料で。ヘーゲルの "概念"だけが外的な材料なしで自分自身を客観的にすることができます。 [1]

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 仏語
 ⑤Dans l'expression de la valeur relative: 20 mètres de lin = 1 manteau (ou, x le lin vaut la peine d'un manteau), il faut admettre que le manteau ne compte que pour la valeur ou la coagulation du travail, mais c'est précisément par ce fait que la coagulation du travail est considérée comme un manteau et le manteau est la forme dans laquelle le travail humain se glisse pour se figer.

La couche de valeur d'usage ne devient l'aspect d'apparence de la valeur de lin que parce que le lin se rapporte à la matière de la couche comme à une matérialisation immédiate du travail humain abstrait, et donc au travail qui est du même genre que celui qui est objectivé dans le linge lui-même.

L'objet, le manteau, compte pour lui comme une objectivation sensuellement palpable du travail humain du même genre, et par conséquent comme une valeur sous forme naturelle.
Comme il a pour valeur la même essence que le manteau, le manteau à la forme naturelle devient ainsi la forme d’apparence de sa propre valeur.

Mais le travail représenté dans la valeur d'usage, le manteau, n'est pas simplement du travail humain, mais plutôt un travail particulièrement utile: la couture.Le travail humain simple (dépense de force de travail humaine) est capable de recevoir chaque détermination, il est vrai, mais est indéterminé juste pour et pour lui-même.

Il ne peut que se réaliser et s'objectiver dès que la force de travail humaine est dépensée sous une forme déterminée, en tant que travail déterminé et spécifié ; car il ne s'agit que d'un travail déterminé et spécifié auquel peut être confrontée une entité naturelle - un matériau extérieur dans lequel le travail s'objectifne. Seul le "concept" au sens de Hegel parvient à s'objectiver sans matériel extérieur. [1

 ⑤相対値の発現:リネン20メートル= 1つの被覆(又はコート価値のX亜麻)、我々は仕事の値または凝固のためにそのマントルアカウントを認めなければならないが、労働の凝固はマントルと考えられ、マントルは人間の労働が凍結するための形式であるという事実のためである。
使用価値の層は、亜麻が抽象的な人間の仕事の即時マテリアライゼーションとして層の材料に関係しているためにのみ、亜麻の価値の出現の側面になります。したがって、リネン自体で客観化されているものと同じ種類です。

オブジェクト(マントル)は、同じ種類の人間の仕事の感覚的に触知可能なオブジェクト化として、それゆえ自然な形での価値として数えます。
マントルと同じエッセンスで評価されるので、自然な形のコートは、それ自身の価値の形態になります。

しかし、使用価値で表現されている作品(マントル)は単なる人間の仕事ではなく、むしろ特に有用な仕事である:縫い物単純な人間の仕事(人間の労働力の支出)は、それは真実ですが、自分のためだけに、そして自分にとっては不確定です。

それは、決定され特定された作業として、人間の労働力が明確な形で消費されるとすぐに実現され、客観化されることができる。なぜなら、それは自然な実体に直面することができる特定の特定の仕事だけであるからです。それは、作品が客観化される外部の資料です。ヘーゲルの意味における「概念」のみが、外的な物質なしでそれ自体を客観化することを管理する。 [1

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 hirohiro さんの提示はこうでありました。

<牧野訳>
①<上着という対象は、亜麻布にとっては、人間労働であるという点で種を同じくする労働が、感覚的に、手で掴むことのできるように対象化された姿であり、従って、自然物の姿をとった価値なのである。>

②<亜麻布は、価値としては上着と同じ本質を持っているので、上着という自然物の形式が亜麻布自身の価値の現象形態になるのである。>

<今村訳> これは、牧野訳と同じであります。
②<「価値であるかぎりでのリネンは上着と同じ本質を持つのだから、実物形態の上着はリネン自身の価値の現象形態になる。」>

<このように、今村訳は、ちゃんと存在してるとして、牧野氏が提示してくれているドイツ訳を次に示したのです。>
杉本は、そこへの意見を書いてみます。

hirohiro さんの提示
ーー杉本パソコン訳ーー
①<Das Thema Fels wird als greifbare konkrete Objektivität ähnlicher menschlicher Arbeit angesehen, daher auch sein Wert in seiner natürlichen Form.>
対象とされる岩石は、同様の人間の労働の具体的な客観性であると考えられ、その自然な形での価値です。
①<The subject of rock is considered to be a tangible concrete objectivity of similar human labor, hence its value in its natural form.>

②<Da es sich um einen Wert der gleichen Art mit dem Rock handelt, ist die natürliche Form Rock somit die Manifestation ihres eigenen Wertes.>
それはスカートと同じ性質の値なので、自然な形態の岩石は、したがって、自分の価値の現れです。
②<Since it is a value of the same nature with the skirt, the natural form rock is thus the manifestation of their own value.>


では杉本はどんな提示をしたのか。
<杉本の提示>
①The object, coat, counts for it as a sensually palpable objectification of human labour of the same kind, and consequently as value in natural form.
オブジェクト(コート)は、同じ種類の人間の労働の感覚的に触知可能なオブジェクト化として、それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。
②Since it is, as value, of the same essence as the coat, the natural form coat thereby becomes the form of appearance of its own value.
コートと同じエッセンスの価値があるので、自然な形のコートは、それによって、自分の価値形態になる。

 <では杉本の提示はどうなのか?異なるところの二つを比較してみよう>

<牧野提示の英訳>
Since it is a value of the same nature with the skirt,
それはスカートと同じ価値であることで、その自然的性質を示し、
the natural form rock is thus the manifestation of their own value.
自然な形態の岩石は、それゆえに、彼ら自身の価値の現れである。

<杉本提示>
②Since it is, as value, of the same essence as the coat,
②コートと同じエッセンスの価値があるので、
the natural form coat thereby becomes the form of appearance of its own value.
天然のフォーム<自然的形態であるままに>コートは、それにより、それ自身の価値の出現の形態<価値形態>になる。

<では自然な形態の岩石は、それゆえに、彼ら自身の価値の現れである>ーーとは何か?
  自然形態の岩石は、ーー
  自然的形態上着は、ーー彼ら自身の価値形態で有るということであります。
  自然的形態であるままにコートは、それ自身の価値形態であるのです。
これが、等価物上着がその自然的形態のままに価値形態とされる、転倒した姿なのです
  牧野訳提示の原文と、杉本提示の文とは少し違いがあるとはいえ、
  意味が異なるものではないと判断します。
再版では、この転倒した姿が、こう描かれています。


 3等価形態の第4・5段落です。現行新書版で言えば、原P70ー71であり、新書版P96ー97です。
④The first peculiarity striking in the consideration of the equivalent form is the following: Utility value becomes the manifestation of its opposite, the value.
④同等の形態を考慮した場合の最初の特異性は次のとおりです。ユーティリティー値は、価値の出現形態となります。

⑤ The natural form of the commodity becomes the value form. But, notabene, this quidproquo occurs for a commodity B (rock or wheat or iron, etc.) only within the value-relationship in which any other commodity A (canvas, etc.) comes to it, only within that relation.
⑤商品の自然形態が価値形態になります。しかし、notabene<注意せよ>、このquidproquo<取り違え>は、他の商品A(キャンバスなど)がその関係の中でのみ生じる価値関係の中でのみ、商品B(岩または小麦または鉄など)に対して生じる。

Since no commodity refers to itself as an equivalent, and therefore can not make its own natural skin the expression of its own value, it must refer to other commodity as an equivalent, or make the natural skin of another commodity its own value form.
コモディティはそれ自体を同等物と呼んでいるわけではないので、
独自の自然な肌を独自の価値で表現することはできないため、
他のコモディティを同等物として参照するか、
別のコモディティの自然な肌を<its own >それ自身の価値形態にする必要があります。


<再版を見ることで、どおうでしょうか?次の今村訳の扱いはどうなりましたか?>
<「価値であるかぎりでのリネンは上着と同じ本質を持つのだから、実物形態の上着はリネン自身の価値の現象形態になる。」>

 それが、再版訳ではこうなのです。初版原文訳を提示しないのです。
①<ユーティリティー値は、価値の出現形態となります。<別のコモディティの自然な肌をそれ自身の価値形態にする必要があります。>
②<自然な形のコートは、それによって、自分の価値形態になる。>
このように、今村訳に示される既存訳は、この上記の訳を、等価形態の第一の独自性を、排除しているのです。

 hirohiro さんの提示は、存在している訳文を無視するな--という注意でありました。
そんな訳文を無視した・次第ということでは、杉本の注意が足りず失敗でした。
その点での注意については、感謝します。

追ーー韓国語での訳出には驚きました。明快です!!!
 
 
》記事一覧表示

新着順:9/1493 《前のページ | 次のページ》
/1493