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 『初版』価値形態

 投稿者:杉本  投稿日:2018年12月16日(日)13時04分50秒
  通報 返信・引用 編集済
   次から、『初版』価値形態の新たな素晴らしき判読を得たので、紹介します。
https://8918.teacup.com/rev21/bbs/1694
        ぐーぐるほんやく
  https://translate.google.co.jp/?hl=ja
https://www.marxists.org/archive/marx/works/1867-c1/commodity.htm
 (Marxists Internet Archive(略称のMIAやそのウェブサイトのドメイン名
  Marxists.org としても知られる)とは、マルクス主義者や社会主義者、
  アナキストその他などの著作を インターネット上に集積した多言語的公文書
 (アーカイブ)サイトである。
  上記国際的ネットワークのお陰さまで、学習が進んでいます。感謝します。

  『初版』価値形態
  I. First or simple form of relative value: 20 yards of linen = 1 coat
    (x of commodity A = y of commodity B).

 ①最初または単純な相対価値:20ヤードのリネン= 1コート(商品Aのx =商品Bのy)。このフォームは
単純なので、分析するのがむしろ困難です。それに含まれるさまざまな仕様は、隠されており、抽象的な
未開発であり、その結果、抽象化の力をかなり強く適用することによってのみ区別することができます。
しかし少なくともこれは、20ヤードのリネン= 1コート、または20ヤードのリネン= xコートであって
も、その形態は同じであるという一見で明らかになる。

 ②リネンは、その価値観や有用なものの形で、その世俗的な姿を現します。
それゆえに、その堅いas as linenの体質や自然の形は、その価値の形ではなく、その正反対です。
それは、それ自体に等しい他の商品(コート)にそれ自体を関連付けることによって、価値としての自分
自身の現実を明らかにする。それ自体が価値がないのであれば、独自のものとして(価値として)コート
することはできません。

同種の人間の労働の客観化、すなわちそれ自体の価値の物質としてそれ自体をそれに関連づけることによ
って、それはコートと質的に同等であると自認する。それは一般的に単なる価値ではなく、特定の大きさ
の価値である - そしてコートは、20ヤードのリネンほどの労力を正確に含んでいるため、xコートの代わ
りに1コートと同等であると見なされます。

コートとのこの関係によって、リネンは1回のストロークで異なるハエを揺るがします。

他のコモディティを価値として自分自身と同等にすることによって、それ自体を価値として関連付ける。
自分自身を価値として関連づけることによって、それは同時に自分自身と使用価値として区別されます。

コートの価値の大きさ(そして価値の大きさは一般的な価値と定量的な価値の両方である)を表現するこ
とによって、その現実とは異なる価値形態の価値として現実を与えます。

このように自分自身の内で差別化されているものとしてそれを明らかにすることによって、それは本当に
商品として初めて - それは同時に価値のある有用なものであることを明らかにする。

リネンが使用価値である限り、それは独立したものです。その価値は、他方では、コートがある別の商品
(例えばコート)との関係においてのみ(リネン)と定性的に同等であるため、それに相当するいくつか
の特定の数量において現れるそれと交換可能です。したがって、価値は、交換価値としてのその表現を通
じてのみ、使用価値とは異なる個々の形態を獲得するだけである。

 ③コートでのリネンの価値の表現は、コートそのものに新しい形を印象づける。
結局、リネンの価値形態の意味は何ですか?コートが交換可能であることは明らかです。

他に何が起こっても、その現実の現実では、自然な形態(コート)で、他の商品との即時交換可能性、交
換可能な使用価値の形式、または等価物を保有します。等価物の仕様には、商品が価値であるという事実
だけでなく、その体質的な形(その使用価値)が別の商品の価値として数えられ、結果として直ちに交換
価値として他の商品に対している--ことを示している。

 ④リネンは、労働だけで構成され、透明で結晶化した労働の沈殿物を形成します。実際には、この結晶
は非常に暗いです。労働がそれで検出可能である限り(商品のすべての実施形態が労働の痕跡を明らかに
するわけではない)、それは未分化の人間の労働ではなく、むしろ、製織、紡績などである。その物質の
唯一の成分ですが、もちろん自然由来の物質で発酵しています。リネンを人間の労働の単なる肉体的表現
として保持するためには、それを本当に物事にするすべてのものから抽象化しなければならない。

抽象的な(すなわち、いかなる追加の品質や内容もなく)人間の労働力の客観性は、必然的に抽象的な客
観性 - 思考のものである。そのようにして、亜麻の網はキメラに変わります。

しかし、商品は物象です。彼らは、彼らが物象のようなやり方であるか、そうでなければ自分の物象的関
係でそれを明らかにする必要があります。
But commodities are objects.
They have to be what they are in an object-like way or else reveal it in their own object-like relationships.

リネンの生産では、人間の労働の特定の量が消費されている。リネンの価値は、そのように費やされた労
働の単なる客観的な反映ですが、リネンの体には反映されません。それはコートとの価値関係によってそ
れ自体を明らかにする(すなわち官能的な表現を得る)。リネンが価値あるものとしてコートを同等にす
ることによって、同時に使用目的としてコートと区別されますが、何が起こるかは、コートがリネンボデ
ィとは対照的にリネン価値の出現形態になります。 - その自然な形とは区別される。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

⑤ー①相対的価値表現:20ヤードのリネン= 1コート(または、xリネンはコートの価値がある)の場合、
コートは支出された労働の価値または凝固としてしかカウントされないと認めなければならず、その事実
を通して、その凝固のためには人間労働が流れ込む形態として、認められることが正確にあります。
⑤-②使用価値コートはリネン価値の出現形態にしかならない。なぜなら、リネンは、抽象的な人間の労
働を即時に実現するためにコートの材料に関係するため、リネン自体の中にあるオブジェクト化されたも
のと同じ種類の労働に関係している。だから、オブジェクト(コート)は、同じ種類の人間の労働の感覚
的に触知可能なオブジェクト化として、それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。
⑤-③ オブジェクト(物象コート)は、同じ種類の人間の労働の感覚的に触知可能なオブジェクト
(物象)化として、それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。
コートと同じエッセンスの価値があるので、自然的形態のコートは、それによって、自分の価値形態にな
ります。
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 再度
①In the expression of relative value: 20 yards of linen = 1 coat (or, x linen is worth y of coat),
one must admit that the coat counts only as value or coagulation of labour, but it is precisely
through that fact that the coagulation of labour counts as coat, and coat as the form into
which human labour flows in order to congeal.
相対的価値表現:20ヤードのリネン= 1コート(または、xリネンはコートの価値がある)の場合、
コートは支出された労働の価値または凝固としてしかカウントされないと認めなければならず、その事実
を通して、その凝固のためには人間労働が流れ込む形態として、認められることが正確にあります。

②The use-value coat only becomes the form of appearance of linen-value because linen relates
itself to the material of the coat as to an immediate materialization of abstract human labour,
and thus to labour which is of the same kind as that which is objectified within the linen itself.
The object, coat, counts for it as a sensually palpable objectification of human labour of the
same kind, and consequently as value in natural form.
使用価値コートはリネン価値の出現形態にしかならない。なぜなら、リネンは、抽象的な人間の労働を即
時に実現するためにコートの材料に関係するため、リネン自体の中にあるオブジェクト化されたものと同
じ種類の労働に関係している。だから、オブジェクト(コート)は、同じ種類の人間の労働の感覚的に触
知可能なオブジェクト化として、それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。

③Since it is, as value, of the same essence as the coat, the natural form coat thereby becomes the form of appearance of its own value.
コートと同じエッセンスの価値があるので、自然な形態のコートは、それによって、自分の価値の形態に
なります。

 <何度もなんども・・繰り返す!正しくは、こう書かれていたのです。>
 <オブジェクト(物象コート)は、同じ種類の人間の労働の感覚的に触知可能なオブジ
  ェクト(物象)化として、それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。
  コートと同じエッセンスの価値があるので、自然的形態のコートは、それによって、
  自分の価値形態になります。>
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  やっと、国民文庫 悪訳には、次の提示であり、久留間訳も同じなのです!
  《20エレのリンネル=1着の上着、または、xエレのリンネルはy着の上着に値する、
  という相対的な価値表現のなかでは、上着はただ価値または労働凝固体としてのみ
  認められているのではあるが、しかし、それだからこそ、労働凝固体は上着として認
  められ、上着はそのなかに人間労働が凝固しているところの形態として認められてい
  るのである(18。a)

  使用価値上着がリンネル価値の現象形態になるのは、ただ、リンネルが抽象的人間労
  働の、つまリリンネル自身のうちに.対象化されている労働と同種の労働の、直接的
  物質化としての上着物質に関係しているからにほかならない。上着という対象性は、
  リンネルにとっては、同種の人間労働の感覚的につかまえられる対象性として、した
  がってまた現物形態における価値として、認められているのである。リンネルは価値
  としては上着と同じ本質のものであるがゆえに、上着という現物形態がこのようにリ
  ンネル自身の価値の現象形態になるのである。

  しかし、使用価値上着に表わされている労働は、単なる人間労働ではないのであって、
  一定の、有用な労働、裁縫労働である。単なる人間労働、人間労働力の支出は、どの
  ようにでも規定されることはできるが、それ自体としては無規定である。それは、た
  だ、人間労働力が特定の形態において支出されるときにはじめて、特定の労働として
  実現され、対象化されることができるのである。なぜならば、ただ特定の労働にたい
  してのみ、自然素材は、すなわち労働がそれにおいて対象化される外的な物質は、相
  対するのだからである。》(国民文庫版48頁)
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ここには、正しくは--次のように示されていました。
 ④ it in their own object-like relationships.
  自分の物象的関係
 ⑤ー②The object, coat, counts for it as a sensually palpable objectification of human labour
  of the same kind, and consequently as value in natural form.
  オブジェクト コートは、同じ種類の人間の労働の感覚的に触知可能なオブジェクト化として、
  それゆえ自然な形で価値としてカウントされます。」
 ⑤-③こうして、他商品ではなくーー自身で価値形態になるーーから謎なのです。
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 以上のことで、上着自身が、媒介を経ずとも価値形態であり、価値の現出形態なのです。
 これが<物象の判断>の奇怪さなのです!
 再度ーー上着自身が、それ自体として、価値の現出形態であり、
 上着の--価値の現象形態としてのリンネルへの役立ちは、ここではなくて、していないのです。

 だから、このように、
 ④段落を object-like relationships      物的関係 と訳しているから、
 ⑤-②の a sensually palpable objectification 触知可能なオブジェクト化を、
 「同種の人間労働の<触知可能>感覚的な・手でつかみうる対象性として」--と歪曲した。
  このように大切な肝心の--「物象的関係」の大切な意味--を消し去るることで、
 「リンネルが価値としては上着と同じ本質をもっているから、上着の現物形態が、このように、
 リンネル自身の価値の現象形態になるわけである。」ーーとの訳出なのです。
 ⑤-③こうして、他商品ではなくーー自身で価値形態になるーーことを判読できず、
 上着自身が、媒介を経ずとも価値形態であり、価値の現出形態となる謎であり、
 この<物象の判断>の奇怪!さなのであります。
 再度ーー上着自身が、それ自体として、価値の現出形態であり、上着の「価値の現象形態」とし
 てのリンネルへの役立ちは、ここではなくて、していないのです。

 <江夏ー今村ー牧野訳は、この他商品への物的な役立ちを見たからーー誤訳なのです。>
 その謎性追求での解答は、後で、次の解答をえたのです。

 謎性ーーとは何か? リンネルが、価値形態を受けとリ、次に、
 相対的価値形態を示さずとも、上着が、自身だけで価値形態ーー
 ー等価形態を示すことができる!と判断することです。なんとも誤訳の恐ろしきことよ!
 これだから、「等価形態が前提」と判読する・理解する人々ばかりが発生するのです。

 <⑪段落ーーでの解答が次にありました。
 「上着の等価物としての役立ちは、リネンのなす反省規定」ーーに依っている
 ということを、彼は、しつこく追求しています。
 このリネンの反省規定は、次のように、5段落では示されず、⑪段落にて示さ
 れたのです。
 「コートに関連するリネンの結果物(同等の形態、直ちに交換可能な使用価値
 としてのその規定性)は、リネンに関連する外面においても、肉体的な方法で
 コートに属するように見える。」
  そこで、やっと⑪段落にてーー等価形態との規定を受け取ったのです。>
 <誤記・誤訳!これだから、初版が理解し難い!のは当然です。>
 <その続きは、こう示されていました。>
⑤ー④But the labour represented in the use-value, coat, is not simply human labour, but is
rather a particular useful labour: tailoring.・・・・略
⑤ー④しかし、使用価値で表現されている労働は、単なる人間の労働ではなく、むしろ特定の有用な労働
である。単純な人間の労働(人間の労働力の支出)は、それぞれのすべての決定を受け入れることができ
ますが、それは真実ですが、それ自体のためだけに決定されません。それは、決定され特定された労働と
して決定された形で人間の労働力が消費されるとすぐに実現し、客観化することができます。なぜなら、
それは、労働がそれ自体を客観化する外的な物質である、何らかの自然の存在によって直面することがで
きる決定され特定された労働であるからです。
ヘーゲルの意味での「コンセプト」は、外的な物質なしでそれ自身を客観化することだけです。[1]
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 マルクスは、ここに、商品形態の謎をこそ追求しています。




 
 
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