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作品と労働--訳

 投稿者:杉本  投稿日:2021年 2月11日(木)14時04分48秒
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  http://www.mlwerke.de/me/me23/me23_049.htm#Z23


B)価値の合計または開発された形式

<77> z商品A = u商品Bまたは= v商品Cまたは= w商品Dまたは= x商品Eまたは=など。

(リネン= 1人のスカートの20ヤードまたは= 10ポンド。お茶のか= 40ポンド。やコーヒー= 1四半期小麦のか、金の2オンス=または= 1 / 2または=などの鉄のトン)

1.開発された相対的な価値の形

リネンなどの商品の価値は、現在、商品の世界の他の無数の要素で表されています。他のすべての商品は、キャンバスの価値の鏡になります。(23)したがって、この価値自体は、真に無差別な人間の労働のゼリーとしてのみ現れます。形成する作品については、それが常に持つ自然な形が何であれ、それが岩、小麦、鉄、金などで表されるかどうかにかかわらず、他のすべての人間の作品に無関心な作品として明示的に表されます。その価値の形のために、キャンバスは現在、他の1つのタイプの商品だけでなく、商品の世界との社会的関係を持っています。商品として、それはこの世界の市民です。同時に、彼の表現の終わりのないシリーズには、商品価値はそれが現れる特定の使用価値の形式に無関心であるということがあります。

<78>最初の形式:20ヤードのリネン= 1ロックこれらの2つの製品が、特定の量的関係に交換可能であるというのはランダムな事実かもしれません。一方、2番目の形式では、偶発的な外観とは本質的に異なり、それが透けて見えることを決定する背景。キャンバスの価値は、スカート、コーヒー、鉄などで描かれているかどうかにかかわらず、最も多様な所有者に属する無数の異なる商品で同じままです。商品の2人の個人所有者間の偶然の関係はもはや適用されません。商品の価値を規制するのは交換ではなく、逆に、商品の価値がその交換関係を規制することが明らかになります。

2.特別な同等の形式

すべての商品、スカート、お茶、小麦、鉄などは、キャンバスの価値表現において同等であると見なされ、したがって価値の本体と見なされます。これらの商品のそれぞれの明確な自然の形は、他の多くの商品と並んで特別な同等の形になりました。同様に、さまざまな商品に含まれる多様な特定の、具体的で有用なタイプの仕事は、現在、人間の仕事自体の実現または顕現の多くの特定の形態であると考えられています。

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英和訳『資本論』 第1巻(第一部)

https://sites.google.com/site/heyizibenlun/home/diipian-shang-pinto-huo-bi-1/1zhang-di1jie-yitsuno-shang-pinno-zhongno-ertsuno-yao-yin-shi-yong-si-zhito-si-zhi/1zhang-di3jie-si-zhino-xing-taisunawachi-jiao-huan-si-zhi


B.価値の全体形態または展開された形態
         Total or Expanded Form of Value

<B緒題>
 (第1の形態)
z量の商品 A  = u量の商品 B
        または   = v量の商品 C
        または   = w量の商品D
        または   = x量の商品 E
        または   = その他
     z Com. A =  u Com. B
               or =  v Com. C
             or = w Com. D
             or =  x Com. E
               or =    &c.

 (第2の形態)
        (20 ヤードの亜麻布 = 1 着の上着
         または = 10 重量ポンドの茶
         または = 40 ポンドのコーヒー
または = 1 クオーターの穀物
または = 2 オンスの金
または = ? トンの鉄
または = その他 )
(20 yards of linen = 1 coat
                or = 10 lbs tea
                or = 40 lbs. coffee
                or =   1 quarter corn
                or =   2 ounces gold
                or =  ? ton iron
             or =   &c. )

(B1)
  1. 価値の拡張された相対形態
   The Expanded Relative form of value
(B1-1段)
   単一の商品の価値が、たとえば、亜麻布がいまや数え切れない程の他の諸商品の世界の諸要素によって表されている。
どの他の商品も亜麻布の価値の一つの鏡となる。[25]
このように、初めて、この価値は価値自身の真の光のなかで[*1-1]差別を立てられていない人間労働の一つの凝固物として自分自身を示すのである。
というわけはそれ[価値]を創造する労働が、他のどの種類の人間労働とも等しく並ぶ労働として、いまや明白に明らかにされて立つからである[*1-2]、その形態が何であれ、仕立てる であれ、耕す であれ、採掘する であれ[*1-3]、等々、そして、それゆえ、それが上着のなかに実現されるのであれ、穀物になかに実現されるのであれ、または金のなかに実現されるのであれ。
亜麻布は、それのもつ価値の形態によって、いまや一つの社会的関係のなかに立つ、もはやただひとつの他の種類の商品とだけでなく、諸商品の世界全体との[社会的関係のなかに立つ]。
ひとつの商品として、それは商品世界の一市民である。
同時に、終わることのない一連の価値等式はつぎのことを意味している、すなわち一商品の価値に関しては、それがどんな独特な形態の、あるいはどんな種類の、使用価値がそこに現れてもそれは無関心なことである。
  The value of a single commodity, the linen, for example, is now expressed in terms of numberless other elements of the world of commodities.
Every other commodity now becomes a mirror of the linen’s value.[25]
It is thus, that for the first time, this value shows itself in its true light as a congelation of undifferentiated human labour.
For the labour that creates it, now stands expressly revealed, as labour that ranks equally with every other sort of human labour, no matter what its form, whether tailoring, ploughing, mining, &c., and no matter, therefore, whether it is realised in coats, corn, iron, or gold.
The linen, by virtue of the form of its value, now stands in a social relation, no longer with only one other kind of commodity, but with the whole world of commodities.
As a commodity, it is a citizen of that world.
At the same time, the interminable series of value equations implies, that as regards the value of a commodity, it is a matter of indifference under what particular form, or kind, of use value it appears.

(B1-2段)
(78)
  最初の形態、20 ヤードの亜麻布 = 1 着の上着 、においては、ひょっとしたら、別の仕方で現れるから、これらの二つの商品がきまった量で交換できることは、純粋に偶然な出来事、であったかもしれない。
二番目の形態においては、われわれは別の見地から、すぐにこの偶然的な出現を決めている、そして本質的にこの偶然とは異なっている背景を理解する。
亜麻布価値は大きさは変わらないままでいる、上着の中に表されても、コーヒー、または鉄、または多数の異なった所有者たちの所有物としての無数の異なった諸商品の中に表されても。
二人の個人商品ー所有者のこの偶然的な関係は消えてなくなる。
つぎのことが明白となる、諸商品の価値の大きさを律するのはそれらの交換ではない;
反対に、諸商品の交換の比率を律するのはそれらの価値の大きさである、ということが明白となる。
(78)
   In the first form, 20 yds of linen = 1 coat, it might, for ought that otherwise appears, be pure accident, that these two commodities are exchangeable in definite quantities.
In the second form, on the contrary, we perceive at once the background that determines, and is essentially different from, this accidental appearance.
The value of the linen remains unaltered in magnitude, whether expressed in coats, coffee, or iron, or in numberless different commodities, the property of as many different owners.
The accidental relation between two individual commodity-owners disappears.
It becomes plain, that it is not the exchange of commodities which regulates the magnitude of their value;
but, on the contrary, that it is the magnitude of their value which controls their exchange proportions.

(B)
  2. 特定の同等形態[等価形態]
         The particular Equivalent form
(B2-1段)
   各々の商品、たとえば、上着、茶、穀物、鉄、などは、亜麻布の価値の表現において、一つの同等物[等価物]として、かつ、結果として、一つの価値である物として表象する[*1-1]。
これらの諸商品の各々の身体的形態はいまや、多くのなかの一つとして特定の同等物[等価物]形態として表象する。
同じ方法においてこれらの労働の多重に具体的な有用諸種類は、これらの異なった諸商品に具現化されていて、いまや多くの異なった実現の諸系体として並んでおり、または差別を立てられない人間労働の明示として。
   Each commodity, such as, coat, tea, corn, iron, &c., figures in the expression of value of the linen, as an equivalent, and, consequently, as a thing that is value.
The bodily form of each of these commodities figures now as a particular equivalent form, one out of many.
In the same way the manifold concrete useful kinds of labour, embodied in these different commodities, rank now as so many different forms of the realisation, or manifestation, of undifferentiated human labour.



 
 
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