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E257系しおさい

 投稿者:照山もみじ  投稿日:2008年 1月 2日(水)16時30分15秒
  通報 編集済
  来週から、また忙しくなり暫く書き込みができなくなるため、とりあえず新年の初書き込みをしておきます。

円照寺九世の秀山尼は、『昭和天皇の妹君』によると、清岡子爵家の出身で近衛忠熙の養女として入山したと記載されています。
清岡家の菩提寺は浄福寺ですが、明治以降は真如堂に建立されています。

【真如堂】
          ■1
■8        ■2
■7  54  3
■6  ■■  ■

1  清岡純子之墓  (角石)
 (左)香月院慈室妙純大姉 平成三年十月十七日逝
 (右)昭和六十三年七月建立 清岡純子
   (十一代長言女純子)

2  正三位勲二等長言墓  (角石)
         峯子
 (右)高徳院殿轉誉壽柏長言大居士 昭和三十八年一月十三日薨
   深信院殿得誉貞生大姉    昭和十一年七月二十五日逝
 (左)清岡家
   (十一代長言)
   (十一代長言正室峯子・唐橋在正三女)

3  清岡家之墓  (角石)
 (右)昭和五十三年八月吉日

 (誌)清岡あい子 平成十一年八月十日歿
   (十二代長和正室あい子・斎藤善右衛門女)

4  重子分骨墓  (長方形)
 (左)子爵清岡長言長女正五位日野西資忠夫人 昭和九年二月八日卒行年二十九諡日瑞光院
 (右)清岡家
   (十一代長言長女重子)

5  菅原長正墓  (長方形)
 (右)明治四拾一年八月廿九日死諡日秋月
 (左)清岡家

6  正二位子爵菅原長説卿墓  (長方形)
 (左)明治三拾六年四月二拾八日薨 諡日冥樹
 (右)清岡家
   (九代長説)

7  正三位子爵菅原長延卿墓  (長方形)
 (左)明治参拾八年貮月拾参日薨 諡日轉壽
 (右)清岡家
   (十代長延)

8  清岡美左子墓  (長方形)
 (右)明治四拾貮年拾貮月拾五日死 謚日高説
 (左)清岡家



1  従四位堀河紀子墓  (角石)
  (右)蓮徳院殿父従二位堀河康親卿母正二位觀修寺経逸卿之女吉子天保八年六月一日生於京都嘉永五年十二月被補掌侍安政六年降誕皇女萬延元年十二月被叙従五位下文久元年再降誕皇女同二年九月辞掌侍慶応四年八月依願剃髪爾後以掌侍取扱為隠居終身賜禄明治三十九年六月特被追正五位同
 (裏)十三年四月晦日偶婁病越五月七日病俄篤以特旨被叙従四位同日終卒享年七十四特賜祭資以十一日葬干真如堂塋域
   (孝明天皇家女房・十三代康親女紀子)

2  従二位前権中納言藤原康親卿之墓  (角石)
 (左)安政六己未年九月三日
 (右)嶺威照院
   (十三代康親・萩原員幹二男)

3  藤原吉子之墓  (角石)
 (右)淑世院殿者勸修寺贈内大臣経逸公之女也母公者松平故摂津守仲庸之女也以寛政十一年己未九月四日誕生以文久五年壬午三月嫁於康親卿々者以安政六年己未九月三
 (左)日薨々後経三日薙髪今茲以文久元年辛酉十一月廿一日行年六十三歳而薨焉
   (十三代康親正室吉子・勧修寺経逸十三女)


【善正寺】
   3 4 5 6  11
2  ■ ■ ■ ■ □
■           ■7
            ■8
■           ■9

            ■10
            □12

1  第十三世瑞華院殿日凰大比丘尼  (五輪塔)
 (左)平成十四年三月二十日 八十九歳
 (右)平成三年九月彼岸建立 梅原馨 梅原敦 長谷川妙晃
   (十三世日凰)

2  第十二世瑞興院殿日英大比丘尼  (五輪塔)
 (左)昭和六十三年三月二十九日 御年七十四歳
 (右)昭和六十三年十二月 第十三世小笠原日凰建立
   (十二世日英)

3  瑞珠院殿日淨大比丘尼  (五輪塔)
 (裏)昭和三十七年九月廿日
   (十一世日浄)

4  瑞法光院日榮大比丘尼  (五輪塔)
 (裏)大正九年三月二十二日
   (十世日栄)

5  瑞應院殿日慈      (五輪塔)
 (正)正徳六□□歳四月六日
      (六世日慈)

6  瑞法院殿日寿      (五輪塔)
 (正)元禄四□□□四月二十九日
   (四世日寿)

7  (瑞円院殿日怡)     (五輪塔)
 (正)(寛文四年二月三日)
    (二世日怡)

8  (瑞龍院殿日秀)     (五輪塔)
 (正)(寛永二年四月二十四日)
    (初代日秀)

9  (瑞照院殿日通)     (五輪塔)
 (正)(寛文十二年七月十七日)
    (三世日通)

10  瑞現院殿日顕尊儀    (五輪塔)
 (正)元禄三年庚午年七月二日
   (五世日顕)

   【以下治定墓】

11  瑞龍寺九世日尊     (卵塔)
 (左)明治元年戊辰十一月一二日
      (九世日尊)

12  常孝院日照尊儀     (笠塔婆)
 (左)奉納御書冩妙經一部石廟中
 (右)安永第七歳舎戊戌閏七月廿一日
 (裏)尊儀石廟經星久自生龜裂大正甲子歳六月以有栖川宮家癈絶故修理之矣舊柱石納干廟下之焉
   (八世日照)


大垂水酔鳥さま

本年も宜しくお願いいたします。また、早速のご教示ありがとうございます。
初めて善正寺に来山したのは一昨年の秋でしたが、運良く墓地前にご住職がおられましたので、小一時間ほど記録をとってきました。
唯一、墓地内に無い七世の墓碑は、奥にある墓地内に建立されているのかもしれません。
わたしはその後、萩原子爵家の墓所調査を予定していたために奥の墓地は確認しておりません。
初代、二世、三世の墓碑は、墓碑銘が完全に摩滅しており判読することはできませんが、墓前に法号が記された小さな案内板が立てられています。
実は、ここ三年ほど調査した資料は、忙しく整理ができずまったく手付かずのままでしたので、続柄、没年、俗名のご教示に感謝いたします。
 
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